第14話

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そうして年が明け、榎戸を棗藤太と棗恋雪に対する殺人容疑、棗絢音への殺人未遂容疑で立件…再逮捕するか否かの審判が下される日が来た。 取調室でニヤニヤと下衆な笑いを浮かべる榎戸に、松下は胸元から一枚の紙を出す。 その紙の内容を見た瞬間、榎戸の顔から笑みが消える。 「なっ…んで……」 あったのは、榎戸修二、殺人罪及び殺人未遂罪により逮捕立件すると書かれていた、逮捕状。 「ふざけんな!!俺の親父が誰か知ってんのか?!あの…元衆議院議員で、あの大企業の…華山(はなやま)コンツェルンの相談役の…正堂平八だぞ!!マスコミにバラせば身の破滅だって…だから…」 「だから、なんだ?次いでに脅迫の容疑も追加するか?」 「…ッ!!!」 ガンと、机を叩き項垂れる榎戸を、松下は見下げる。 「上にゃ上がいるんだよ。このトーシローが。精々留置所で神様とやらに、助けを求めることだな。」 * 「ホラ、絢音。お年玉。」 「わあい!!」 「絢音さん、僕からもハイ。」 「俺も。」 「アタシも!」 翻って、こちらは藤次の住まう京都の長屋街。 色とりどりのポチ袋を受け取り、ホクホク顔で、抄子と初売りで賑わう商店街に行く絢音を見送った藤次は、居間で真嗣と楢山と膝を合わせて議論を交わす。 「取り敢えず、殺人と殺人未遂で再逮捕追起訴出来たんはデカいわ。これで確実に、奴は死刑や。ワシも追及するが、楢山…あんじょうたのむえ?」 「任せとけ。よほど高を括って自信があったのが砕けて、堪えたんだろうな。調書中ずっとおとなしかった。あれならいける。」 「でもすごいよね。楢山君と松下警部が直談判に行っただけで逮捕状取れたんでしょ?」 「あ、ああ。不思議なほどあっさりとな。もっとごねられるかと思ってたんだが…」 「特捜部の楢山君…ひょっとして楢山君のお父さんが、何か根回ししてくれたのかな?」 「いや、そんな話は一度も…」 「まあとにかくや!次の公判…最後のワシの論告で、必ず裁判官と裁判員の心…掴んでみせる!!」 「原稿は?出来てるの?」 「おう!絢音が寝とる合間にちまちま書いて推敲して、ようやっと、昨日できたとこや。見るか?」 「うん。一応、サポート役だからね。」 そう言って、藤次から原稿を受け取り読み進めて行くうちに、真嗣と賢太郎は顔を曇らせ涙ぐむ。 「泣きなや。それがワシ…いや、俺の気持ち全部や。何が何でも、奴を死刑にする。…せやから、あんじょう頼むえ?同期の桜。」 そうして注がれた日本酒のグラスを合わせて、3人は榎戸の極刑…死刑への道を作り上げる決意を固めた。 * そうして、忙しなく3人はそれぞれの仕事をこなし、如月の終わり…榎戸事件最後の公判の日がやってきた。 「…藤太、恋雪。あの世で見守っててや。お父ちゃん、必ず勝つから。必ず、仇討つからな?」 そうして位牌と骨壷の置かれた祭壇に、少し焦げた手製の唐揚げを添えて手を合わせた後、藤次は居間の片隅に置かれた父憲一郎の仏壇を開き、位牌の脇に置かれた古ぼけた小箱を手に取り開ける。 「親父…こんなときだけと呆れるやろけど、ワシの一世一代…大一番なんや。せやから力、貸してな?」 そうして小箱の中身…かつて憲一郎が付けていた、古ぼけた検察官紀章をスーツの襟に留めて、猫の人形と遊ぶ絢音の元に行く。 「待たせたな。お父さん用意できたから、行こうか?」 「…またあの、退屈なところ?あやね、本屋さんが良い。」 ぷうっとむくれる絢音を優しく抱きしめて、藤次は頭を撫でてやる。 「絢音はお姉さんだろ?ちょっとだけ抄子おばさんといい子にしててくれ。それに、今日であそこに行くのは終わりだから、我慢してくれ。な?」 「ホントに、最後?」 問う絢音に、藤次は優しく笑いかける。 「ああ。最後だよ。なにもかも、今日で、全部…」 「お父さん?苦しい…」 俯き、絢音を抱きしめて声を殺して泣く藤次に狼狽していた絢音の脳裏に、フッと、在りし日の家族の光景がよぎる。 「アタシ…アタシ…」 何かが瓦解しそうな不安定な気持ちになり、絢音は頭を抱えて唸り出す。 「絢音…どないした?」 訝しむ藤次。すると、スーツのポケットに入れていたスマホが鳴ったので液晶を見やると、抄子ちゃんとあったので、藤次は取り敢えず絢音を置いて玄関を出ると、水色の軽自動車が路地の入り口に見えたので、藤次は絢音の様子が気になったが、彼女を連れて戸締りをし、抄子の車に乗り込み、裁判所へと向かった。
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