第14話

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…そして、季節は芽吹きの春。 藤次と絢音が、7回目の結婚記念日を迎えようとしていた時だった。 榎戸修二の判決の日がやってきたのは… 喪服姿で、2人の子供の遺影を持った藤次は、隣で沈痛な表情をする絢音の肩をを優しく抱き締める。 「大丈夫や。やれることはやった。きっと神さんが味方してくれる。せやから、そないな顔しなや。な?」 「う、うん…」 そうして粛々と裁判は開廷し、榎戸が証言台に立つ。 いよいよ、主文が言い渡される。 死刑か、有期刑か… ドキドキしながら、裁判長の口元を見つめていると、ゆっくりとその口が開く。 「…この事件は、近年稀に見る悲惨な事件であり…」 「!」 一斉に記者達が騒めき廷外へと散って行く。 そんな中、藤次と賢太郎と真嗣はグッと拳を握り締める。 主文後回し。 これは、極刑の可能性を示唆する兆候。 勝てる。 藤太と恋雪の仇を討てる。 胸元に付けた父の検察官紀章を握りしめて、藤次は裁判長の言葉に耳を傾けながら、今か今かと主文を待ち侘びていたら、遂に、その瞬間がやってくる。 「主文。被告人を、死刑に処する。」 「あ…」 パタリと涙が流れ落ち、膝に置かれた拳を濡らす。 何か述べたいことがあるかと問う裁判長に榎戸は噛み付いていたが、もうそんなことはどうでもよかった。 勝てた。   憎むべき被告人に、立場は違えど、法の鉄槌を下す事ができた。 嬉しくて嬉しくて泣いていると、真嗣がやってくる。 「感激してるとこ悪いけどさ。記者会見の用意してるんだ。話せる?」 「…おう。ちゃんと話すえ。藤太と恋雪の仇討てたて。な?絢音。」 「えっ、ええ…行きましょう。藤次さん。」 「?」 涙を流しているものの、何処か元気のない絢音を不思議に思いながらも、藤次は真嗣に促され、記者会見に臨んだ。 それから、榎戸は高裁、最高裁と懲りずに争ったが、悉く棄却され、新緑を迎えた夏には死刑が確定し、毎日執行の呼び出しに怯える日々を過ごすこととなった。 * 「ただーいまー」 夕刻の京都の路地に佇む長屋街の奥から3番目。 芳しい夕飯の匂いに鼻をひくひくさせながら、仕事を終え家に入ると、絢音が出迎えにくる。 「おかえりなさい…」 「なんやどないしてん。浮かない顔して。まだ引き摺っとんか?藤太と恋雪の事。お前はなんもわるうない。奴が全部悪いんや。せやからな?笑って?お前の笑顔が、ワシは一番好きやねんから。」 「う、うん…」 そうして笑う絢音を抱きしめて、藤次は耳元で囁く。 「なあ、今晩…しよ?退院してから、ずっとしてへんやん。このままやと俺、お前の裸…忘れてまうやろ?」 このやりとりは、実はもう何回もしていた。 退院してからと言うもの、絢音は家事はテキパキとこなすものの、以前のようにキスをねだったり、セックスをすることを拒むようになった。 倦怠期かなと初めは軽く考えていたが、その内だんだん不安になり、今日こそはと心に決めて言ってみた。 すると… 「分かった。じゃあ、ご飯食べたら、お風呂も一緒に、はいりましょ?」 「えっ!」 急にイエスと言われて戸惑っていると、絢音はにっこり笑う。 「なによ。言ってきたのそっちじゃない。それとも、何かの冗談?」 「じ、冗談やあらへん!!しよ!風呂でもベッドでもぎょうさんしよ!!好きや!好きや!!」 そうしてキツく抱きしめられたが、絢音はフッと寂しげな表情を浮かべる。 「もう、終わりにしないとね…」 ポツンとつぶやいた言葉は、喜びに舞い上がる藤次の耳には、届かなかった。 * そうして、食事を共にした後、風呂で1回目をし、服を着て2階の寝室で2回目のコトに及ぼうとした時だった。 不意に絢音が、何かの錠剤を口に含み、口移しで藤次に飲ませたのは。 「なんね。なに飲ませてん。変なもんちゃうやろな?」 パジャマを脱がし脱ぎながら問う藤次に、絢音は妖しく嗤う。 「藤次…ワタシに隠れて精力剤飲んでたでしょ?今日掃除してたら見つけちゃった。折角久しぶりなんだもん。明日お休みでしょ?朝まで激しくして欲しいから。」 その言葉に、藤次は顔を真っ赤に染めて、クスクスと嗤う絢音に覆いかぶさり押し倒す。 「ホンマにもう。敵わへんわ。お望み通り激しゅうしたるさかい、精々酔いしれや。この強欲淫乱女…」 「嬉しい…好きよ。あなた…」 「俺もや。絢音…」 そうして唇を重ねて、甘美な情事に2人は溺れた。 しかし、夜の明けはじめた4時。徐に絢音は起き上がり、身なりを整えると、深く眠る藤次の様子を確認すると、そっと頬にキスをして囁く。 「さよなら…藤次さん…」 第14話 了
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