最終話

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それからと言うもの、毎週金曜日の夜は、藤司との性交渉はぱったりと途絶えた。 それどころか、仕事が忙しいから地検に泊まると言い出し、家にさえ帰ってこなくなった。 それでも、それ以外の日は和かに笑って、お土産や…記念日でもなんでもないのに高価なプレゼントまで買ってくるようになってきて、申し訳ないと絢音は拒んだが、二言目には愛してると言ってキスをして抱きしめてくるので、多少の戸惑いはあったが、絢音は健気に藤司に尽くした。 しかし、離婚調停の相談の日まであと2日と迫った金曜日の夕刻。遂に、その時はきた。 「…ただいま。」 「えっ?!うそ!!やだ、おかえりなさい!!どうしたの?いつも金曜日は地検に泊まり込みなのに…ご飯どうしましょ?そうだ!外で食べましょ?デートみたいで素敵じゃない。ね?そうしましょ?」 「………なにがデートや。ワシ身代わりにしてコケにすんの、もう、大概にせい。」 「えっ?」 帰ってくるなり、言い知れぬ怒りで顔を歪ませる藤司に瞬いていると、彼はスッと、鞄から茶封筒を取り出し突きつける。 「な、なに?」 「今日、表参道のカフェのゴミ箱にお前が捨てたもんや。分からんなんて、言わせんぞ。」 「なっ…!」 言葉を詰まらせる絢音に向かって、藤司は中身を取り出しぶち撒ける。 そこにあったのは、何処かの工事現場で交通整理をする藤次の写真や、別の現場で鉄骨を運ぶ写真。学習塾で子供達に勉強を教える写真と、藤次が東京でどんな生活を送っているかが詳細に書かれた、素行調査書類だった。 「あ…」 「仮にも東京地検特捜部のエース言われた男や。お前がなんか隠しとるなんて、すぐにわかった。せやから、毎週赤い目しとる金曜日。わざと距離置いて油断させて、今日…お前を尾行して、カフェの店員に、捜査の手がかりですからと嘘ついて、職権濫用までしてゴミ箱漁って手に入れたモンや。よう見い。」 「あ、アタシ…」 「どこで見つけたなんて、もうどうでもええけど、探偵まで雇ってこんな真似しよって。ならなんで、オッサンが迎えに来た時、素直に出てこんかったんや!素直にオッサンの胸に飛び込んで、ごめんねと笑って京都帰らんかったんや!!そうしてくれとったら、ワシかてこんなにお前を憎む事もなく!好きで好きでたまらんはずのお前の心を疑って!疑って!とうとう職務中に、お前を被告人のような扱いして、尾行や権力濫用することもなく、初めてお前とセックスできた言う綺麗な思い出にして胸に秘めて、前向けたのに…なんで…」 「トウジさん…」 「そのトウジさんも、ホンマはワシやのうてオッサンやろ?ワシにオッサンの影重ねて!目ぇ真っ赤にする程泣いて!ずっと思い続けとるクセに、なんで素直に行かへんにゃ!!何聞いても、もう驚かん!正直に本心言え!!お前は、誰をホンマに愛しとんにゃ!!!誰に抱かれたいんや!!!誰と一緒に、おりたいんや!!!!!!」 その言葉を聞いた瞬間、絢音の中で何かが弾け、とめどなく涙が溢れ出す。 「アタシ…アタシが、愛してるのは、抱いて欲しいのは、一緒にいて欲しいのは、棗…藤次さん。でも、あなたの事、こんなに傷付けた責任は、取るわ。約束通り日曜日、一緒に弁護士さん」 その瞬間だった。 藤司の手が、絢音の白い頬を、叩いたのは。 「と、トウ…」 「呼ぶな!!もう、聞きとうない!!謝罪も同情もなんもいらん!!!買い揃えた荷物は全部ワシが始末する!!指輪置いて財布だけ持って、とっとと出てけ!!……下でタクシー…待たせとるから…」 「相原君…」 全て吐き出してその場にへたり込む藤司を見つめながら、彼からもらった婚約指輪とペアリングを外すと、力を無くした藤司の手に握らせ、靴箱の上の財布を手に取ると、黙ってその場を後にしようとしたが、嗚咽を殺して泣く彼の頬にそっとキスをして、囁いた。 「ありがとう。」 パタンと閉まったドアの音を聞いた後、藤司はやおらスマホを取り出し、今まで大事にして来た絢音の笑顔の待ち受け画像を出すと、削除を実行するボタンを見つめながら、ポツンと呟いた。 「ホンマにもう、完膚なきまでに、振られてしもた。せやから、さよならや。ええ夢見させてくれて、おおきにな。…幸せになり。ワシが、憎むくらい愛したのに、手ぇ伸ばしたのに、永遠に届かんかった、女神はん…」 タッとボタンをタップし、真っ白になった待ち受けを見つめて、藤司は泣きながらも、静かに微笑んだ。
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