最終話

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「ほんなら、お疲れさんでした〜」 「おう!おつかれ棗ちゃん!!ホレ、今日の給与!!」 東京都内のとある工事現場。 交通整理のアルバイトを終えた藤次は、雇い主の松田から給与を貰い中を確かめて、困り顔を浮かべる。 「親方…まぁたこんなにイロつけて…困りますわぁ。その内エコ贔屓やて言われてまう。」 そう言うと、松田はバンと勢いよく藤次の背中を叩くので、藤次は軽く咳き込む。 「野暮言うなよ!逃げられた嫁さんと故郷(くに)に帰るんだろ?なら、運賃2人分必要だろ?良いから取っとけ。お前、仕事も真面目だしよ…」 「親方……ありがとうございます!」 「おう!うまく行くと、良いな!!」 そうして松田に軽く一礼し、現場を後にすると、いつものコンビニに寄り、弁当とお茶を買うと、藤次は最早第二の我が家になったビジネスホテル「桂花」の305号室に戻る。 シャワーを浴びて備え付けのパジャマを着て、コンビニ弁当…鶏の唐揚げを見つめる。 「絢音の飯…食いたいのぅ…」 いっそもう一度、藤司の所へ行こうか。行って、頭でもなんでも下げて、プライドもかなぐり捨て、いかなる法を犯してでも、絢音を返して欲しいと懇願しようかと言う考えが過ぎったが、もし、絢音が本当に藤司に心変わりして、さよならと面と向かって言われたら、自分はきっと立ち直れない。 なら、でも… そんな堂々巡りを繰り返していた時だった。 部屋のベルが、ポンと鳴ったのは… 「誰や?ルームサービスなんてないはずやし、なんぞ現場に忘れもんでもしたん、届けに来てくれたんかな?」 そう小首を傾げながら、特に何も気にも止めず、ドアを開けた瞬間だった。 「えっ………」 目の前にいたのは、顔馴染みの従業員でも、日雇い先の同僚でもなく、涙で顔をぐしゃぐしゃにした、今まさに考えていた相手… どんな言葉でも足りないくらい、一途に愛して来た女が、立っていた。 名前を呼ぼうにも、喉が詰まって声が出ない。 抱き締めたいのに、体が震えて、一歩が出ない。 とめどなく溢れてくる、募らせ続けた想いに全身を支配され呆然としていると、女の可憐な唇がゆっくり動く。 「藤次、さん…」 「ッ!!」 幾千と囁かれた声で名前を呼ばれた瞬間、弾かれたように体が動き、女を、絢音を部屋に引き入れ、キツくキツく抱き締める。 「会いたかった…」 ようやく出た声で短くそう囁くと、徐に絢音は彼から距離を取ると、ワンピースのチャックを下ろして足下に落とし、下着を脱いで一糸纏わぬ姿を晒すと、少し戸惑い気味だが、優しく自分を見つめる藤次の胸板に再びそっと寄り添う。 すると、身体を抱き上げられ、真っ新なシーツの敷かれたシングルベッドに横たえさせられる。 「約束したわよね?結婚前に…5つ。その内の一つ、あなた裏切ったら、その手で殺してくれるって。だから、抱きながら、身体をつなげた状態で、殺して…アタシの、最期のお願い。」 「阿呆。何が裏切りや。あんなガキとの飯事、酔った勢いのワンナイトと同レベルや。お前は今、ちょっと悪酔いしとるだけや。今からその酔いが吹き飛ぶくらい激しゅうしたるから、終わって目ェ覚ましたら、笑って京都帰ろ?そんで広島で、のんびり余生過ごすんや。ええな?」 「…嬉しい。アタシずっと、あなたの側にいて、いいのね?」 破顔する絢音に、藤次はそっと笑いかける。 「あぁ。ずっと一緒や。ずっとずっと、死んでも一緒や。もし、生まれ変わってもうて、離れ離れになってもうても、必ず見つける。そんでまた愛し合って添い遂げて、何度輪廻の輪に引き裂かれても、必ず見つけて、生涯…世界が終わるその日まで…いや、世界終わって全てが無になっても、離さへん。ずっと一緒や…どこまでも、どこまでも、この変わらん気持ちで、お前と一緒におる。」 「ワタシもよ。どこまでもどこまでも、あなたについて行く。あなたの横は、アタシだけのもの。何を失っても、もう、あなたから逃げない。離さない。…ううん。離れない。愛してる…だから、優しくして。私達が初めて結ばれた、あの道後の夜のように、優しく優しく愛して…そして、中に…奥に、とびきり熱いの注いで。その熱で身体中何もかも、焼いて焦がして、染め上げて、私を、あなただけの女にして。お願い…」 「ドアホ。なに純情ぶっとんねん。この強欲淫乱女。ちょっと待っとき。下手くそな童貞との中途半端なセックスで溜まりに溜まっとるやろ欲求満たすためのとっておき、飲むから。」 「飲む?何を?」 問う絢音から離れると、藤次はベッドサイドの引き出しから小さな箱を出すと、中身を出す。 「錠剤?」 「せや。初めてやから、とりあえず4分の1錠やな。東京の安ホテルで腹上死の心中言うんも、安い三文小説のオチみたいでオツやけど、なんのかんのでまだ、この世で、今生で、この姿のお前と、笑って生きていたいしの。」 プチプチと錠剤を割って、水差しから水を取り、その欠片を飲み干すと、戸惑う絢音の上に跨り、寝巻きを脱ぎ捨て下着を脱ぐ。 「ねえ、何飲んだの?教えて?死ぬかもしれないような危険なもの…まさか、麻薬かなにか?!嫌よ!死ぬなら一緒!約束でしょ?貸して!アタシも飲む!!貸して!」 「アカン。大体…お前みたいな強欲淫乱女にこんなもん飲ませたら、朝までどころか一昼夜抱かされて、本気で俺、お前に腹上死させられてまうわ。」 そうして、教えてと紡ぐ絢音の口をキスで塞ぎ、ねっとりと舌で口内を舐めまわし、ツウッと唾液の糸を滴らせて口を離すと、徐に自分の股ぐらを見やる。 「…流石、腐っても天皇はん抱えとる首都東京のとっておきの病院の一級品、効果抜群やな。」 言って、絢音の手を握りしめ、自分の…すでに逞しく隆起したそれを触らせる。 「あ…」 真っ赤になる絢音の耳元で、藤次はそっと…妖しく囁く。 「東京来て、あのガキに追い返された後、真っ先に行った病院で処方してもろたんや。陳腐な嘘と、一方的な別れの置き手紙残して、他の男んとこに逃げよったお前を取り返した暁に、徹底的に、ベッドん中で仕置きするための…正真正銘の精力剤。バイアグラや…」 「藤次さん…」 「せやから、純情ぶんな。言えや。言って跨って、さっさと挿れて腰振って乱れ。あのクリスマスイブの、最高のセックスした時と同じ、俺を求めたあのセリフ…よもや忘れたなんて、言わせんぞ?…さあ、言えや。言って見せ。お前の淫らな…本性…」 その言葉に、絢音は破顔し、直様藤次を寝そべらせ騎乗位の態勢になると、入り口に先端を当てがい、口を開く。 「「じゃあ、もっとして。指なんていらない。藤次が欲しい。今すぐ来て…貫いて…避妊なんて、もうどうでもいい。ゴムなんていらない。痛くてもいい。今すぐ、生が、熱いのが欲しい。来て…めちゃくちゃにして…」」 そうして、一息に腰を落とし、熱を持った最愛の男のモノを、しっとりと濡れそぼった胎内に飲み下す。  「藤次…さん…好き。誰よりも、なによりも、好き。愛してる。…愛してる…愛してる…」 「…そない軽々しゅう愛してる言うな。逆に白けるわ。ガキに散々ねだられたんか?…何度も、教えたったやろ?目ぇで会話すんが、セックスの醍醐味やて。言葉はいらん。身体を繋げて、目と目を合わせて心を重ねる。それが、俺とお前の…セックスやったやろ?ええ加減思い出せ。」 「うん…うん…でも、今夜だけは、許して?しっかりと、刻み込みたいの。あなたへのこの想い。身体に、心に…だからお願い。あなたも言って?アタシ、ここに来てまだ一度も聞いてない。だから、一回でいいから、いつもみたいに、その大好きな訛り口調で。一人称も、俺じゃなくてワシで、言って?……好きやって。お子ちゃまって、馬鹿にしていいから…お願い。」 そう懇願する絢音に、藤次は小さく笑い、体位を正常位にして、期待に瞳を潤ませる絢音を見つめる。 「ホンマ…すっかり出会った頃の、一目惚れした少女の頃に戻りよって…まあ、もう…お前とセックスできるなら、どんなお前でも、ええわ。降参、激しいのは止めや。大事に大事に優しくしたる。まったく、ワシも丸なったもんやな。なんか恥ずかしわ。どんなに後ねだっても、今夜はもう一回しか言わへんから、よう聞いて、心に留めよ?」 「うん…」 そうして頷く絢音に、藤次は優しい優しい表情で、ありったけの想いを込めて、彼女が求めてやまない3文字を紡ぐ。 「ワシはお前が、好きや。」 「…やっと聞けた。嬉しい…アタシ、幸せよ。藤次さん…」 「それはこっちのセリフや。取るな。阿保…」 そうして、溢れんばかりの愛に満ち満ちた契りを、朝日が昇るまで結び続け、藤次はホテルの従業員達と、特に懇意にしてもらっていた、交通整理の日雇いバイト先のみに別れの挨拶を済ますと、ホテルのロビーで待たせていた絢音の肩を抱き、2人で寄り添い、京都へ…あの思い出の詰まった長屋へと、帰って行った。
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