最終話

6/6
前へ
/127ページ
次へ
「ただいま。」 「おう。お帰り。どやった病院。」 月日は流れ、東京から京都に帰って3ヶ月目のある日だった。 体調がすぐれないと言う絢音が病院に行くと言い出したので、藤次は1人黙々と引越しの片付けをしていた。 一緒についていこうと言ったのに、何故か1人で行くと言うので心配していたが、何事もなく帰って来たので安堵して、一緒に居間に行くと、絢音が徐に口を開く。 「ねえ、奇跡って…信じる?」 「ん?なんや藪から棒に…」 「いいから!」 促され、藤次は首を捻りながら答える。 「まあ。信じるクチかの。お前と出会えたんが、最高の奇跡やけど。」 「そ。なら、これは2番目の最高になると、良いわね。」 「はあ?」 素っ頓狂な声を上げる藤次の目の前に、絢音はバックから1枚の写真を示す。 「お、おい!これ…」 それは、今まで二度目にしてきた…白黒のエコー写真。 「生理がずっと来ないし、なんだか悪阻みたいな症状もあったし、でも年齢も年齢だし閉経や更年期かしらって病院行ったら、もう2ヶ月半ですって。…勿論、あなたの子よ?」 「そんなん、疑うかいっ!!アイツの貧弱な精子に、ワシの精子が負けるはずあらへん!!」  「うん。あなたの精子…ホント逞しいわ。認めてあげる。だって…」 言って、絢音はピッと、指を3本立てて見せる。 「なんね。3?」 「うん。3人だって。…赤ちゃん。」 「はい?!」 声を上げる藤次に、絢音は泣き笑いで言葉を続ける。 「まだ確定じゃないけど、3つ子かもしれないって。高齢な上に3つ子のハイリスク出産になるから、今から出産まで入院ですって。出産も、今回は帝王切開だから立ち会えないわよ。中山先生、悔しいでしょうが、どんなに足掻いても頭下げてきても許可できませんから、諦めてくださいって、しっかりあたなに言い聞かせといてくれって…」 「絢音…」 「どうしよう…藤太と恋雪でもバタバタだったのに、一気に3人も生まれたら、アタシ…身体いくつあっても足りない!!」 「阿呆!そんなん、ワシが手伝うたる!働き口も、頭でもなんでも下げて、使える伝使いまくって、必ずもっとええとこ見つける!隠居生活は白紙や!!京都でもう一回、家族になるんや!!!…あぁ!!お前はやっぱり、ワシの最高の女神や!!希望や!!」 そう言って絢音を抱き上げて、藤次は興奮冷めやらぬ顔で彼女を見つめる。 「新居、どこがええ?市内は流石に手が出んけど、楢山や真嗣がおる辺りくらいなら、買えるえ?」 「…なら、あそこしかないじゃない。私達が家族だったあそこ。…北山二丁目。ノアール北山の2階角部屋。藤太と恋雪が、きっと守って、空けておいてくれてるわ。だからお願い。あそこにして。」 「…そっか。せやな。あの子等がきっと、ワシ等の帰り、待っててくれてるかもな。分かった。お前病院に送り届けたら、直ぐ不動産屋行ってくる。」 「うん。じゃあ、下ろして?入院の準備しないと…」 「アカン。じっとしとき。ワシが全部用意する。入院しても、差し入れぎょうさんしたるさかい、しっかり栄養と体力つけて、男でも女でもええ、元気な子、産んでや?」 「うん。約束する。必ず3人、無事に産んでみせるわ。」 * そうして、さらに時は流れ巡り、京都北山二丁目ノアール北山の2階角部屋に、新緑眩しい春がきた。 「よっしゃ!ほんなら「藤香(とうか)」「藤子(とうこ)」「藤枝(ふじえ)」目一杯の笑顔で、こっち見!!」 「はーい!!」 「ホントに大丈夫?入学式まで、もう時間ないのよ?」 「大丈夫やて、散々練習した!ほならいくで〜…そらっ!!」 言って、脚立に立てたスマホのセルフタイマーを押し、藤次は直様…父憲一郎と、奈良の姉から引き継いだ母皐月、更には絢音の両親と、藤太と恋雪の位牌が並べられた大きな仏壇の前に座る、ランドセル姿の娘3人と、最愛の妻絢音の居る家族の元へ駆ける。 が、 「いっ?!!」 「お父さん?!」 「藤次さん?!!」 カシャリと切られたシャッター。 スマホに残されたのは、無様に転げて皆んなに支えられながら、中央で幸せそうに照れ笑う、藤次にとってかけがえのない、家族の写真。 その首…スーツの隙間から覗く、ガラス玉の中に密やかに咲く白い花は、貸しに出していたあの古びた長屋の店子になった、無名だが腕は確かなガラス職人に頼み、絢音とペアで作った。新たな愛の証。 長男藤太と、長女恋雪の遺骨の一部で作った、純白のその花に、遺骨の花だから死の花…死花(しか)と名付けたそれが、春の陽気に照らされ、小学校に向かう両親と妹達を見守るかのように、2人の胸元で、静かに穏やかに…輝いていた。 死花 了
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!

148人が本棚に入れています
本棚に追加