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「ただいま。」
「おう。お帰り。どやった病院。」
月日は流れ、東京から京都に帰って3ヶ月目のある日だった。
体調がすぐれないと言う絢音が病院に行くと言い出したので、藤次は1人黙々と引越しの片付けをしていた。
一緒についていこうと言ったのに、何故か1人で行くと言うので心配していたが、何事もなく帰って来たので安堵して、一緒に居間に行くと、絢音が徐に口を開く。
「ねえ、奇跡って…信じる?」
「ん?なんや藪から棒に…」
「いいから!」
促され、藤次は首を捻りながら答える。
「まあ。信じるクチかの。お前と出会えたんが、最高の奇跡やけど。」
「そ。なら、これは2番目の最高になると、良いわね。」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げる藤次の目の前に、絢音はバックから1枚の写真を示す。
「お、おい!これ…」
それは、今まで二度目にしてきた…白黒のエコー写真。
「生理がずっと来ないし、なんだか悪阻みたいな症状もあったし、でも年齢も年齢だし閉経や更年期かしらって病院行ったら、もう2ヶ月半ですって。…勿論、あなたの子よ?」
「そんなん、疑うかいっ!!アイツの貧弱な精子に、ワシの精子が負けるはずあらへん!!」
「うん。あなたの精子…ホント逞しいわ。認めてあげる。だって…」
言って、絢音はピッと、指を3本立てて見せる。
「なんね。3?」
「うん。3人だって。…赤ちゃん。」
「はい?!」
声を上げる藤次に、絢音は泣き笑いで言葉を続ける。
「まだ確定じゃないけど、3つ子かもしれないって。高齢な上に3つ子のハイリスク出産になるから、今から出産まで入院ですって。出産も、今回は帝王切開だから立ち会えないわよ。中山先生、悔しいでしょうが、どんなに足掻いても頭下げてきても許可できませんから、諦めてくださいって、しっかりあたなに言い聞かせといてくれって…」
「絢音…」
「どうしよう…藤太と恋雪でもバタバタだったのに、一気に3人も生まれたら、アタシ…身体いくつあっても足りない!!」
「阿呆!そんなん、ワシが手伝うたる!働き口も、頭でもなんでも下げて、使える伝使いまくって、必ずもっとええとこ見つける!隠居生活は白紙や!!京都でもう一回、家族になるんや!!!…あぁ!!お前はやっぱり、ワシの最高の女神や!!希望や!!」
そう言って絢音を抱き上げて、藤次は興奮冷めやらぬ顔で彼女を見つめる。
「新居、どこがええ?市内は流石に手が出んけど、楢山や真嗣がおる辺りくらいなら、買えるえ?」
「…なら、あそこしかないじゃない。私達が家族だったあそこ。…北山二丁目。ノアール北山の2階角部屋。藤太と恋雪が、きっと守って、空けておいてくれてるわ。だからお願い。あそこにして。」
「…そっか。せやな。あの子等がきっと、ワシ等の帰り、待っててくれてるかもな。分かった。お前病院に送り届けたら、直ぐ不動産屋行ってくる。」
「うん。じゃあ、下ろして?入院の準備しないと…」
「アカン。じっとしとき。ワシが全部用意する。入院しても、差し入れぎょうさんしたるさかい、しっかり栄養と体力つけて、男でも女でもええ、元気な子、産んでや?」
「うん。約束する。必ず3人、無事に産んでみせるわ。」
*
そうして、さらに時は流れ巡り、京都北山二丁目ノアール北山の2階角部屋に、新緑眩しい春がきた。
「よっしゃ!ほんなら「藤香(とうか)」「藤子(とうこ)」「藤枝(ふじえ)」目一杯の笑顔で、こっち見!!」
「はーい!!」
「ホントに大丈夫?入学式まで、もう時間ないのよ?」
「大丈夫やて、散々練習した!ほならいくで〜…そらっ!!」
言って、脚立に立てたスマホのセルフタイマーを押し、藤次は直様…父憲一郎と、奈良の姉から引き継いだ母皐月、更には絢音の両親と、藤太と恋雪の位牌が並べられた大きな仏壇の前に座る、ランドセル姿の娘3人と、最愛の妻絢音の居る家族の元へ駆ける。
が、
「いっ?!!」
「お父さん?!」
「藤次さん?!!」
カシャリと切られたシャッター。
スマホに残されたのは、無様に転げて皆んなに支えられながら、中央で幸せそうに照れ笑う、藤次にとってかけがえのない、家族の写真。
その首…スーツの隙間から覗く、ガラス玉の中に密やかに咲く白い花は、貸しに出していたあの古びた長屋の店子になった、無名だが腕は確かなガラス職人に頼み、絢音とペアで作った。新たな愛の証。
長男藤太と、長女恋雪の遺骨の一部で作った、純白のその花に、遺骨の花だから死の花…死花(しか)と名付けたそれが、春の陽気に照らされ、小学校に向かう両親と妹達を見守るかのように、2人の胸元で、静かに穏やかに…輝いていた。
死花 了
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