第8話

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「でも、ホントに良かったの藤次。折角の最初の結婚記念日なのに…」 「ええんや。そりゃあ、2人きりでどっか高っかいとこで飯でも食って泊まるのもええけど、こうして皆んなでワイワイすんのも、楽しゅうてええやん。」 京都郊外のバーベキュー場。 桜の花が一望できる一等地で、焼き立てのバーベキューを齧る真嗣の言葉に、藤次は笑顔で応える。 「それよりお前…それノンアルコールだろ?珍しいな。」 「ああ。まあ、ちょっとな。お前等やから言うけど、ワシ等今、妊活中やねん。せやから、断酒してん。」 「妊活って、不妊かなにか問題でもあるの?」 「いや。調べてもらったけど、問題はなかったから、とりあえず一年は自然妊娠期待しよか言う話になって…でも、ワシせっかちやから、体外受精…少し考えとんねん。」 「まあ、絢音さんも高齢だし、健康な卵子を作れる時間も限られるし、いいと思うが…」 「まあ、最終的には、絢音の…アイツの意見尊重したろとは思てんけどな…」 言って、藤次はキッチンスペースで、抄子と嘉代子と加奈子と一緒に調理をしている絢音を見やる。 「まあ、結婚式もだけど、妊娠や出産も、主役は女性だからねー。男なんてオロオロするばかりで、何の役にも立たないし…」 「同感だな…」 「へぇ…お前等でもオロオロすんねや。楢山なんて、涼しい顔して立ち回りそうなイメージやけど。」 その言葉に、賢太郎は天を仰ぐ。 「あんな修羅場、仕事でも経験したことない。アイツには立ち会いして欲しいって言われたが、一度も…分娩室にさえ、怖くて入れなかった…」 「まあ、楢山君は若かったから仕方ないよ。僕は立ち会いしたけど、生まれるまで時間かかってさ。嘉代子さんが辛そうなのが見てられなくて、もうやめて下さいって、泣き叫んじゃったよ。」 あははと笑って話す真嗣に、藤次はゴクリと息を呑む。 「やっぱり…すごいんやな出産て。ワシも立ち会いしたい思てんけど…絢音、きっと不安やろし、側におってやりたいし…」 「まあ、今なら無痛分娩とかもあるみたいだし、年齢も高齢だから帝王切開もあるんじゃない?」 「て、帝王切開って…?」 「子宮切って、赤ちゃん取り出すの。確か楢山君の3人目…波子ちゃんがそうだったよね?」 「ああ。逆子だったからな。まあ、あの絶叫聞かなくて幾分気分は紛れたが、一応手術だからな。いい気分はしなかったな。」 「へぇ……」 サアッと、青い顔をする藤次に、賢太郎と真嗣は脅かしすぎたかと、互いに苦笑いを浮かべる。 「まあ、びっくりするくらい安産な場合もあるし、ホント個人差だからさ、先ずは妊娠…育てること頑張んなよ。」 「だな。特に妊娠初期は、流産が一番怖いからな。無理はさせず、代われることは代わってやれ。仕事なら、少しなら肩代わりしてやる。」 「そうそう。特にご飯…悪阻とか食の好みの変化とかあるから、食べれるもの作ってあげるとか、買ってきてあげるとか、労ってあげないとね。」 「う、うん…今からレシピとか検索しとくわ。けど、アイツ意外と我慢強いねん。そんな時、どんな様子やったら、妊娠しとるって分かるんか?」 その問いに、真嗣と賢太郎は首を捻って思案する。 「まあ、一番は生理が遅れたり悪阻が分かりやすいけど、微熱が続くと、ちょっと疑ってみたらいいんじゃない?風邪の熱とは違って、火照るっていうの?熱いみたいな。」 「あとは身体の怠さや、過眠だな。ウチのはとにかくよく寝てたな。あとは、情緒不安定かな?そこは、絢音さんの持病と重なって、判断は難しいと思うが…」 「そっか…まあ、基礎体温のグラフの見方習うたから、それ見て注意しとくわ。おおきに。」 「ううん。妊活、頑張って!絢音さんの女の子なら、絶対可愛いよ!」 「同感だな。お前似の女の子は、見たくないな。それならいっそ、男を産んでもらえ。」 「楢山…お前ホンマ、失礼なやっちゃな!けど、子供の性別かぁ〜。ワシもやっぱり、絢音似の女の子…欲しいなぁ〜」 「そしたら、全員女の子の父親だね。将来一緒に、ハンカチ濡らそうね。」 「俺は、一日でも早く嫁に行って欲しいな。姦しくてかなわん。」 「またそんなこと言って、楢山君みたいなのが、案外号泣するんだよー。娘からの手紙とかでさー。」 「ないな。清々する。」 「どうだか。」 そうして笑い合っていると、ダッチオーブンを持った絢音がやってくる。 「お待たせです!谷原さんから頂いた鯛で、鯛めししようって話になって…」 「ああ!そんな重いモン、貸し!ワシやる!」 「えっ…?あ、ありがとう…」 戸惑う絢音からダッチオーブンを取り上げ、藤次は火にかける。 「他にもやることある?僕らばっかり食べてるの悪いし。」 「そうだな。片付けもそろそろ並行してやらないとな。」 「そんな…」 萎縮する絢音に、真嗣は優しく笑いかける。 「よく考えたら、今日の主役は2人なんだから、座って桜でも眺めてなよ。ほら、藤次も!火加減は任せたからね!」 「お、おう…」 「でも…」 戸惑う絢音を、良いから良いからと手で制して、真嗣と賢太郎は、妻子の待つキッチンスペースへ行く。 「ホントに、良い人たちね。」 「せやろ?自分で言うのもなんやけど、ホンマ…エエ友達持ったわ。」 火箸で焚き火を調整しながらそう言うと、絢音は小さく笑う。 「奥様も皆さん優しくて、お料理のレシピとか、色々教えてもらったの。あとはこれ、加奈子ちゃんにもらっちゃった。」 「ん?」 見やると、そこには桜の花の押し花で作られた、2枚の栞。 「私達の為に作ってくれたんだって。結婚お祝い…」 「へぇ…可愛いやん。帰りしな、なんかお礼…買うたらんとな。」 「うん。」 言って、絢音は頭上でさらさらと舞う桜を眺める。 「アタシ…加奈子ちゃんみたいな女の子、欲しいな。」 「奇遇やな。ワシもおんなじ事、考えとった。」 言って、藤次は絢音の肩を抱き寄せる。 「次の排卵日…いつ?」 「みっ、3日後…」 「ほんなら、肉食ってしっかり精つけて、今夜はしっかりしよ?泊まるコテージは別々やから、2人きりやし…」 「う、うん…」 「いつもの長屋と違って、声我慢せんでええし、環境違うとこで解放感もあるし、リラックスして、ワシに任せとき。優しゅう…したるから。」 「いつもみたいに、いじわるしない?」 「せんせん。今日何の日や思てん。結婚記念日やで?大事に大事にしたる。ワシを選んでくれた、愛しい嫁さんなんやから…」 「約束よ…」 「うん。約束…」 そうして小指を絡めて契りを結び、その日の夜は明け方まで行為に耽り、藤次の腕の中で絢音は、こんな幸せな、満たされた気持ちの中で芽生えてくれれば良いのにと、密やかに神に願った…
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