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その昔、中国のとある地方に大言(たいげん)という村があった。その近くの山には龍が住んでいた。
龍には81枚の鱗があるのだが、そのうち顎の下の一枚だけが逆さに生えていた。普段はおとなしい龍だったが、その鱗に触れられれば激昂し、触れたものを即座に殺すことでも知られていた。このことは、『逆鱗に触れる』という言葉の由来にもなっていた。
ある日、この村の酒場に二人の旅人がやってきた。彼らは大富豪らしく、多くのお供を従え、大宴会を始めた。その中で、酔っ払った彼らはこんな会話を始めた。
「そういえば、この村の近くの山には龍が住んでいるそうだぞ」
「うん。私も聞いたことがある」
「だったらその龍に、逆さに生えた鱗があるのを知っているか?」
「ほう。鱗が逆さに?」
「なんでも、その鱗に触ると龍は怒り狂い、食い殺されるとか」
「それは恐ろしいことだ」
「お前なら、その鱗に触ることができるか?」
「無理だね。私も命は惜しいからな」
「なんだ。根性なしが」
「それならお前はどうなんだ?触れるのか?」
「そうだな。それ相応の見返りがあれば、触ってやってもいいぞ」
「だったら、これでどうだ?」
男は5本の指を立てて見せた。それが意味する額は普通の人なら一生遊んで暮らせるほどのものだったが、金持ちには安すぎたようだ。
「だめだめ。それっぽっちの金に命を懸けようなどとは思わんよ」
それを傍らで聞いている者がいた。村の人間で壮語(そうご)という名の男だ。彼は二人の会話に突然割って入った。
「今の話、本当かい?」
「今の話とは?」
「逆さの鱗に触ったら、大金をもらえるって話さ」
二人の金持ちは顔を見合わせると、興味深げに笑った。
「もちろんだ。本当に触れたならな」
「だったら俺が触ってやるよ」
「ほう。お前が?しかし、どうやってそれを証明する。我々も一緒に見に行かねばならんのか?」
「そんな手間は要らないよ。俺なら触るどころか、その鱗を引っこ抜いてきてやるから」
金持ちはたいそう驚いた様子で、
「鱗を引き抜くとな?それはまた豪胆な。お前のような田舎者にできるのか?」
「バカにするなよ。そんなもの今すぐにでも持ってきてやるよ」
言うな否や壮語は席を立つと、
「約束だぞ。鱗を持って帰ったら、金を貰うからな」
そう言い残し、酒場を出て行った。
逆さまの鱗を引っこ抜くなんて、そんな愚かなことができるものか。触るだけで龍は激昂し、食い殺されるんだぞ。無理に決まっているだろう。龍の鱗は全身に生えているんだ。バカ正直に逆さの鱗を抜かずとも、尻尾の先の鱗を頂戴して、それが逆さの鱗だと言ってしまえばあいつらにはわかるまい。
そんなことを思いながら龍の住処までやってきた壮語は呆然となった。
目の前で眠る龍の姿。確かに顎の下には逆さに生えた鱗があった。ところがその一枚だけが、明らかに他の鱗とは色が異なっていた。
「これじゃあ尻尾の鱗を持ち帰っても、逆さの鱗じゃないことはいつかばれるじゃないか。だからと言って本当に逆さまの鱗を取るわけにもいかないし……」
独り言をこぼした壮語は肩を落とし、手ぶらで村に帰るしかなかった。
この壮語の言動から、できもしないことを大げさに言うことや、威勢はいいが実行が伴わないことを、『大言村の壮語のようだ』、略して『大言壮語』と言うようになった……とか。
おしまい。
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