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 翌日の夕方、俺はCode‐9に出かけた。  べつに親に言われたからではない。チケットを持っていたからだ。  今日の出演者は日本中のフェスで引っ張りだこのスカバンド。重低音を響かせるタイプではないが、軽快なリズムが気持ちよくてたまに聴きにくる。 「ジュニアくん」  フロアに入ってすぐ、肩を叩かれた。細身でやさしい雰囲気のスタッフだ。いつもはステージサイドのスピーカーの前に立って、客席を監視している。タケさん。フルネームは知らないが、瀬戸小町の兄だということは最近知った。 「ちわ。今日休みですか」 「そー。今日は客なの」  きげんよく答えたタケさんは、ビールのプラカップを持っていて、たぶんさっそく酔っていた。通常比五割増しくらいでテンションが高い。 「こないだ妹がお世話になったんだってね。ありがと。――ほらマチ、ジュニアくん」  タケさんが後ろに向けて手招きしたとき、のどのあたりに妙な力が入った。タケさんの細い身体の向こう側からマチがおずおずと顔を出すと、ますます体が固くなる。  黒ぶちメガネに頭の上の見事なだんご。水色のTシャツ。黒いスキニーパンツ。物販の黄色いタオルを首にかけ、その端を口元に当てている。  メガネのレンズ越しに目が合った。  気まずげにしていたのは、一瞬。すぐに「ありがとうございました」と彼女は両手を前でそろえ、だんご頭を振り下ろした。  マチである。この礼儀正しさは、間違いなくマチ。  急激に緊張がとけて、俺も軽く頭を下げた。 「こっちこそありがと。お菓子、すげーいっぱい入ってた」 「あ、うん……と、好みとか分からなくて、気づいたらいっぱいになっちゃって」  マチは前髪をさわりながら、どことなく情けない笑みを浮かべた。例のお菓子は甘いものからしょっぱいものまで取りそろえてあって、気が利いてるなと感心したのだが――自信がなかったとでもいうのだろうか。なんだそれ。  リアクションに迷っていたら、タケさんがマチのまるまった髪をポンポン叩いた。 「ジュニアくん、まじでありがとね。時間忘れてステージ見ちゃったとか、ほんと馬鹿だよねー、こいつ」 「やめてよ、髪くずれる」 「あー、ごめんごめん。おまえ、ザ・直毛だもんなー」 「とか言いながらまた触るー! もー、わたしあっち行くからね」  虫を払うように兄の手を押しのけて、マチはフロア後方まで下がってしまった。  怒っている。ふつうのことだが驚いた。瀬戸小町は学校であんな振る舞いはしない。そもそも特進科の生徒はだいたいが落ち着いていて、大声を出したり、悲鳴をあげたりしないのだ。  あれはマチだ。改めて認識する。あれは、マチ。 「ジュニアくん」    呼ばれて振り返ると、タケさんがふわっと笑いかけてきた。 「妹、面倒くさいやつなんだけどさ、仲よくしてくれるとうれしい。学校の外の友だちって貴重だから」 「あ……はい」  この人は、俺とマチが日中同じ空間にいるってことを、とうに理解していそうだった。
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