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 オープニングアクトに、弾き語りの女性シンガーが登場した。  ふわっとした白いワンピースにアコギ。ゆるゆると長い髪。  癒し系の雰囲気にフロアがやさしい拍手で満たされる中、俺は定位置へ移動する。後方壁際だ。今日はチケットが完売で、フロア全体が密集状態。特に半分から前は密度がヤバい。ゆっくり見たい客は必然的に後方や左右の壁際に集まってくる。  マチも後ろの壁に背中をつけていた。よっぽど兄のしたことが気に入らなかったのか、しかめっ面で髪をいじっている。タケさんの言うとおり瀬戸小町はきれいなストレートヘアだから、ああして結いあげるのは大変なのかもしれない。  左隣に立ったら、マチは少し構えた――気がした。こっちを見る目がぱちぱちしている。 「前行かないの?」  たずねると、マチは首をかしげた。ゆるふわシンガーが意外に絶叫系で、俺の声は完全に負けていた。そもそも、開演後のライブハウスでふつうの会話は難しい。少しかがんでくり返す。前行かないの。マチは一度口を開きかけて、答える前に背伸びした。 「推しだったら行くけど、今日はいいです」  なるほど本命ではないらしい。兄貴についてきただけなのかもしれない。相槌で了解の意思を伝えると、一度踵を下げたマチが、もう一回つま先立ちする。 「メグは行かないの?」  おっと、初呼び。そんな小さなことを拾いながら、うなずく。 「客側が楽しそうなの見るのもけっこう好き」    あ、分かる――とマチは答えた。周りの音にかき消されたが、唇がそう伝えている。  二回目だ。意見が合うのは。いいなと思う。共感するのも、されるのも。  ステージが転換し、今日のメインが登場した。いっきにフロアの温度があがり、俺は音の渦に飲まれていく。ホーン隊の突き抜けた音。スカ特有の裏打ちのリズム。いつもより軽めに響く弦の音。『電気ショック』とは違うけど、確実に俺に作用する。  やっぱりライブハウスはいい。  そんな思いを噛みしめるころには、周りを見る余裕も出てきた。ハイテンポの曲に合わせてオーディエンスの手が振り回される。マチは大人しかったが、ときどきおだんご頭が小さく振れていた。タケさんはフロア中央でなぜか棒立ち。でも冷めてる感じじゃない。感じ入っているように見える。楽しみ方は違うけど、それがまた面白い。  今日も、一ステージ二時間が、あっという間に終わった。アンコールまで終わって客出しの曲が流れはじめて、俺たちはさっさとドリンク交換をすませて会場を出る。後方にいたからスムーズだったが、タケさんはなかなか出てこなかった。同志と語らっているのかもしれない。  仕方がないから、マチと二人、道路向かいに渡り、ガードレールに並んで腰かけて待った。二人ともジンジャーエールを飲んでいる。ライブのあとに飲むジンジャーエールはやたらおいしい――という主張が、ついさっき一致したばかりだ。共感三度目。
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