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* * *
課題は八割埋まっていればメンツが保たれる――というのは、俺がこの学校で見出した禁断の法則だ。
全部できなくてもやろうとした形跡が見えればいい。正答率は高い方がいいが、できすぎると期待され、不調なときに勝手に失望されかねない。それは不本意きわまりないから、質も、量も、そこそこできればそれでよし。
従順で利口でこざかしい俺は、こうして『無難』のスキルをあげていく。
「ヨッシー、あと十分だよ」
前の席で愛斗ががりがりとプリントを埋めている。俺も同じだ。二人そろって現国の課題をやり忘れて、絶賛追いこみ中の昼休みである。
「ていうかヨッシーが課題忘れるってめずらしくない?」
「週末ちょっと遊びすぎた」
「どっか行ったの?」
「カラオケ」
会話しながらも手は止めない。
課題はA4一枚である。裏表とも文字の羅列でまっ黒だ。やたら長い文章が載っているが、実質的な問題はかなを漢字に直すだけなのでまあ楽な方だった。慣れるとこういうのはただの作業になる。
愛斗は俺に背中を向けたまま「へー」と驚いてみせた。
「ヨッシーもカラオケ行くんだね。誰と行ったの? 友だち?」
「まあそんなとこ」
濁したが、その正体はマチである。
べつに歌いに行ったわけじゃない。動画鑑賞対応の部屋で、ライブ配信を見ただけだ。
お互い推しは見たいが金も時間も自由にならない。問題点も解消法も完璧に共通していて、ダメ元で話を持ちかけたら五分で計画が固まった。話を切り出すまで三倍の時間迷ったのが馬鹿みたいだった。
そしてふつうに楽しんだのである。がっつり2DAY、六時間ずつ。
その間両手で数えるくらいには気まずく沈黙するかと思ったが、そんなこともなかった。マチと俺は根本的に似ていて、神セトリに思わずニヤつくのも、ギタリストの超絶技巧に目を見開くのも、曲間のMCにふきだすのも、打ち合わせたようにぴたりと重なって、
「ツボが似すぎ」
そんなツッコミすらかぶったんだから、沈黙の時間も奇跡的なシンクロの一部だとしか思えなかった。
唐突に、画面越しにイフタフが聴かせた歌がよみがえる。
――ほら、偶然も五つそろえば運命になる――
「よっしゃ終わった! ヨッシーは――ちょっと、ヨッシー手が止まってるよー!」
愛斗の声で我に返った。頭の中で『不覚』の二文字を躍らせながらシャーペンを握り直す。レモンとか漢字で書けなくても困らねえよ。いらいらしながらその問題をすっとばす。次の問題は『タイセイ』か。体制なのか態勢なのか体勢なのか、文脈から導き出せ――ってこういうのが一番面倒くさい。
「はー……」
ひとまず八割程度埋め終えた。椅子の背もたれにひっくり返るようにして、シャーペンを投げ出す。特進科、まじで疲れる。
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