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「ヨッシー。俺、恋したわ」
あってないような夏休みが終わったばかりの、九月の初旬。
四限目の数学が終わった直後のにぎやかな教室で、クラスメイトの北浦愛斗が神妙な顔をして告白してきた。
俺はというと時間に追われるまま昼飯を出そうとしていたところで、その不意打ちにまんまとやられた。鞄に伸ばしかけていた右手が、いっときの間宙ぶらりんになる。
「……は? なに急に」
「いやー、普通科の子でさ、ぜんぜん知らない子でさ、べつにすげーカワイイってわけじゃないのに、声がこう、パリッとしてるっていうか、存在感があるっていうか。声聞こえるだけで、こっち、背筋シャキーンってなってさ」
いちおう聞き間違いの可能性も疑っていたがそうではなかった。
語り始めた愛斗は、ぐでぐでに酔ったように椅子の背もたれに抱きついている。
手にはいつもの弁当包み。その結び目に差しこんだプラスチックの箸ケースが、カチャカチャと楽しげに鳴っている。
どうやら一目惚れらしい。見た目ではなく声に、だから、一耳惚れ? なんにしても、現国が得意なやつが語彙力を崩壊させているんだから、ネタではない。
腹の中で「まじかよ」という、毒みを含んだ感情が生まれたことを認めつつ、俺はひとまず、昼飯をとり出す作業を完成させた。肩で息をつく。
「……どうすんの」
「どうもなにも、スタートに立つ前に棄権するしかないじゃん」
「分かってるならいいけど」
控えめにつぶやくと、愛斗は濃い眉をハの字にして、敗北を認めるように顔を伏せた。
俺は愛斗の冷静さと懸命な判断に安心して、次にこの友人を褒めるべきか慰めるべきか考え、結局どちらも実行せずに合掌した。愛斗と、昼飯に向けてだ。
うちの高校は進学校で、中でもここは一学年に一クラスだけ設けられている特別進学学科――通称・特進科である。
部活は禁止。バイトも禁止。男女交際も禁止。まとめて鉄の三禁則と呼ばれるそれは、時代感覚から乖離しすぎて都市伝説のように語られているが、伝説どころか現在進行形で、厳格に、運用されている。さらに言うならそれで科として誇れる結果を出し続けているから、とうぶん廃れる気配もない。
「飯食おう」
俺はおざなりに合わせていた手を放し、弁当箱のふたを開け、箸を手に取った。愛斗はしばらくウダウダしていたが、最終的には俺に続いた。
現実問題として、昼休み明けに英単語の一〇〇問テストが待っている。そのあとは古文の小テスト。放課後までに要提出の化学の課題もある。俺も愛斗も充分な事前準備より追いこみに全力を注ぐタイプなので、昼休みといえども休んでいられない。
くり返すがここは進学校で、特進科なのだ。早々に昼飯を片付けて部活の自主練に行くとか、仲間内でバイトの愚痴を言い合うとか、窓辺でカレカノでくっつき合うとか、ありえない。そういうのは漫画の世界のお話だ。そういうことにしている。
「あ……瀬戸さん今日も出ていく」
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