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「おお、ジュニアくん。久しぶり」
入り口の手書き看板を見ながらスマホで検索していると、店長に声をかけられた。Code‐9。繁華街の裏通りにある老舗のライブハウスである。
すでにあたりは暗くなり始めていたが「ちわ」とあいさつして、俺はスマホをポケットにしまった。「元気だった?」と歯を見せて笑う店長とは顔なじみだ。Code‐9は父が経営するライブハウスのひとつなのだ。だから俺は『ジュニアくん』で、店長は無条件に俺をかわいがってくれる。
「すいません、店長。今日見ていっていいですか」
「おお、もちろん。息抜きしていきな。――あ、彼は関係者だから通してね」
店長がチケットをもぎっていた女性スタッフに声をかける。大きな黒ぶちメガネと、頭の上で大きなだんごを作った髪型。はじめて見る人だった。こっちが会釈をしたら同じように頭を下げ返して、すぐに自分の仕事に戻っていく。
「新しい人入ったんですね」
「いや。バイトのタケっているでしょ。ひょろっとしたやつ。あの人の妹さんだよ。たまに代打で来てくれるんだ。いい子だよ。礼儀正しくて」
「へー」
ひょろっと背の高いスタッフの姿を思い浮かべながら、店長と別れてフロアに入り、後ろの壁に背中を預けて力を抜いた。
まだ開演前で、フロアは明るく、ノリのいい洋楽が流れている。客の入りは六割程度だ。推しのライブでこれだと寂しいが、そうでないときはこれくらいがいい。疲れているときにぎゅう詰めだと死ぬ。
俺は後頭部までも壁に預けて、天井にさがった照明や音響の機材を眺めた。
今日はとても疲れている。英単語百問テストが思った以上に苦痛だったのだ。結果はとくべつ良くもないし悪くもなく、そもそも結果に頓着しないタイプだが、いかんせん脳みそを使いすぎた。
頭がスカスカになって、ぐったりして、これはだめだと思って家に帰って即座に自転車で爆走してきた。おかげで体の疲労は増したががまあよかった。
勉強は、しすぎるとたまに体のどこかが馬鹿になる。本格的に使いものにならなくなる前に、メンテナンスが必要だ。
ほどなくしてステージが暗転し、SEが流れた。フロアから歓声があがる。今日の出演者は地元のインディーズバンド。知らないバンドだったが、のっけからトップギアで突っ走る感じが今日は心地いい。
頭上から爆音が襲いかかってくる。腹の底が振動した。ふいの音割れに片目をつぶったがそれすらもスパイスだ。
やっぱりライブハウスはいい。
音が生きている。
ドラムのリズムで心臓が動いて、ベースの重低音で体に芯が通る。ギターの音で血液が流れる。ボーカルの声で心が覚醒する。自分がよみがえっていくのが分かる。俺はまだ大丈夫だと実感できる。
「はー……」
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