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あっという間に本編が終わり、客がアンコールと叫び始めた。俺は壁から背中を引きはがし、ゆらりとフロアを出る。
まだ余韻が残っているが、いつまでもひたってはいられない。
終演後にはドリンク交換が混みあう。チケットと引き換えにプラカップに入ったドリンクを渡すだけなので、作業は簡単。店長の厚意でフロアに入れてもらった日はこれを手伝うと決めている。
しかし顔なじみのスタッフにあいさつし、いつもどおりブースに入ろうとしたら、「ジュニアくん、待った」と店長が飛んできた。斜め後方には、チケットをもぎっていたメガネの人もついてきている。うつむきかげんだから、頭上のだんごがきれいに見えた。
俺はアルコール消毒を吹きつけた手をこすり合わせながら、訊いた。
「どうしたんですか」
「ジュニアくん、今日チャリだよね? 悪いんだけど彼女駅まで乗せてってくれない? 門限あるんだよ」
「あの、大丈夫です! 走りますから!」
俺がリアクションする前に彼女が口を挟んだ。とたんに店長がしかめ面になって、
「何言ってんの。家厳しいでしょ。間に合わなかったらタケに合わせる顔ないよ」
「でも無関係の方にご迷惑おかけするわけには……」
「チャリとってきます」
俺は言うなりポケットの中の鍵をつかみ、出口に足を向けた。
時間がないときの気のつかい合いなんて、一番無駄なものだと思う。
そうして五分後、俺は夜の街に愛用のママチャリを走らせていた。
ことなかれ主義といっても、日頃世話になっている人の顔に泥を塗るのは許せないし、この場合スルーした方があとあと問題が大きくなりそうで、結局主義に反してしまう。
俺は自分の決断に満足している。
「すいません、ほんとうに」
後ろから、通算何度目か分からない申し訳なさそうな声がした。おだんごメガネの人は、コアラみたいにリュックを前で抱きしめて、不慣れな感じで荷台に載っている。少々危なっかしいので、スピードは自分比ゆっくりめだ。
「いやべつに」
俺は前を見たまま通算何度目かの返事をした。突っ返すような口調になったのは仕方がない。無遠慮なのは問題外だが、恐縮されすぎるのもうっとうしい。俺としては帰る方向が同じだし、後ろの人は小柄なのでさほど負荷もかからないのだ。
「電車出るの何分ですか」
「あの……電車じゃなくて、バスなんです……」
その瞬間、店長が焦った理由を理解した。
このあたりはド田舎とは言わないが、大都会とも言えない。路線バスは幹線道路沿いか、公共施設や大きな病院をつなぐルートがメインで、それ以外は通勤通学の時間を過ぎると途端に便数が少なくなる。ちなみに今、二十一時が近い。
「家どのへん?」
「オオワキ自動車学校の近くです」
「――チャリでショートカットした方が早くない?」
「……はい。いつもは自転車です。でも今日、タイヤがパンクしちゃってて……」
「このまま近くまで行きます」
宣言して、俺はすぐさまルート変更した。後ろの人がまた恐縮するような気配があったが、どう考えたって俺の選択が正しい。
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