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今夜の何時頃に『お迎え』されるのか、怖くて有音にも紗織にも聞けなかった。両親は今夜とすら知らなかった。きっと、有音が明日にはいなくなることも知らないだろう。由亜季は、それを口にはできなかった。未だに半信半疑だ。
夕食の後、こっそり家を抜け出した。両親はエアコンのきいたリビングで動画を見るかゲームをするかしている時間帯なので、玄関のドアを開ける程度の物音には気付かない。
自転車にまたがり、黒森を目指す。昼間は残暑が厳しいが、山間部だけあって夜はずいぶんと過ごしやすくなった。それでもちょっと動けば、汗がにじんできて暑い。
黒森への道は一本道だが、集落から離れるので、道沿いの街灯はなく真っ暗だった。ガードレールもなく、途中からはアスファルトさえなくなる。自転車のライトだけを頼りに、ペダルを踏み込んだ。
有音はもうお社にいるだろうか。それとも、まだ家か、向かっている最中か。前にも後ろにも、車のライトは見えない。それとも、歩いて向かうのか――。
社に続く階段が見えた。車はどこにも止まっていない。自転車を道の端に置き、今度はスマホのライトを頼りに階段を上った。
暗闇の中に、社はひっそりとあった。数年前に訪れた時とほとんど変わりがないように見える。人気はなく、耳が痛くなるほど静かで暗くて、汗が冷えただけではない寒気を感じた。
有音は、まだ来ていないのだろうか。
おそるおそる、社に近付く。よく見ると、小さな扉の隙間からうっすら光が漏れている。中に誰か――有音が、いるのだ。
そこで、由亜季はふと冷静になった。有音が中にいるようだけど、自分は何をするつもりだったのだろう。社の中に踏み込んで『お迎え』を邪魔するか? してもいいものか? 知らない人のようにも見えてしまったけれど、有音は『お迎え』されるのが嫌そうではなかった。それを、邪魔してもいいのだろうか。
そもそも、本当に、明日になると有音はいなくなってしまうのだろうか。そんなことを、有音の両親が許すのだろうか。
改めて考えると、あり得そうにない。五年に一度、この集落では、住人の誰かがいなくなるのを許してきたことになるではないか。
きっと大昔は、それこそ人身御供みたいなことがあったのだろう。今はそれが形ばかり残っているだけなのだ、きっと。いまどき生贄とか時代錯誤も甚だしい。
由亜季はふっと息を吐いた。自転車を全力で漕いでここまで来た自分が、滑稽に思える。初めて聞いた集落の風習が、なじみのないもので驚いただけなのだ、結局。
そっときびすを返し、社に背を向ける。近付いてすらいけないのだから、有音にばれないようにしなければ――。
抜き足差し足で歩き始めた時、足下に影がさした。背後から強い光に照らされたように。
有音にばれてしまったのか。驚いて振り返る。しかしその時にはもう、光は消えていた。扉が開いたのかと思ったが、社は先ほどと変わらない。
では、さっきに強い光は何だったのだろう。帰りかけた足が、自然と社に向いていた。
ゆっくりと近付き、さっき光が漏れていた隙間を見る。けれど、そこにあるのは暗い隙間だった。有音が明かりを消したのだろうか。
いけない、やめるべきだと思いつつ、自分を止められなかった。由亜季は、社の扉を開ける。
がらんとした小さな空間が広がっている。そこに、有音の姿はなかった。見慣れた制服が、着ている人を突然失ったかのように落ちているだけだった。
「……有音?」
返事はない。スマホから有音にコールすると、制服の小さな山の中から着信音が聞こえた。
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