お迎えさん

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 屋根の半分以上は苔むし、部外者が見れば朽ちていると思うかもしれない。だが、部外者がこんな小さな社を訪れることは、まずないだろう。普段ですら、簡単な掃除をしに来る彼以外、滅多に人が来ない。  それでもこの小さな小さな社は、集落にとって大切なものだった。そういうものだ、と教えられてきた。  彼が――やることといえばほとんどは掃除だが――管理の役目を引き継いだのは、二十年以上前。よほどの悪天候でなければ、毎朝訪れている。引き継いだばかりの頃は、仕事前にやらなければならないので早起きが辛かった。今は、早起きは苦にならないが、自宅からここまで来るのが少々辛い。腰は痛いし、車を降りて長くはないが階段を上らねばならないので、膝も痛む。  そろそろ誰かに引き継がねばならない。  その候補の顔をいくつか思い浮かべながら、ゆっくりと階段を上っていく。  山に隠れてまだ太陽は顔をのぞかせていないが、空はもう明るい。今日も暑くなりそうだった。  息を切らしながら、社にたどり着く。もうじっとりと汗をかいていた。首にかけたタオルで首や額の汗を拭いながら、周囲を見回す。昨日は少し風が吹いたから、落ち葉が社の屋根や縁側に――。  汗を拭う手が止まる。社の真正面になる縁側に、場違いなほど真っ白な封筒が置かれていた。  彼はゆっくりと歩み寄り、封筒を手に取る。  ああ、そういえば今年だった。歳のせいか、すっかり忘れていた。  封筒を恭しく掲げて社に一礼する。真新しい封筒の表は目映いばかりの白、裏は目にも鮮やかな赤。封筒の口は折られているが、糊付けはされていない。中には、一枚の紙が二つ折りになって入っていた。そこに、一人の名が記されている。  それを確認して、彼は紙を封筒の中に戻した。あとで、名を記されていた人物の家に届けなければならない。  胸ポケットに封筒を入れ、社に向かって深々と頭を垂れる。  これが、自分の最後の大仕事になるだろう。
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