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天を仰げば、晴れ渡った空と共に山の端がめに入る。夏真っ盛りの今、山は一年でいちばん濃く青く、蝉の声はどこから聞こえてくるのか分からないほど。外部から集落に通じる道は二つしかなく、そのどちらも、うねうねと曲がりくねった山道だ。車一台分の幅しかない箇所も多いが、通行量はとても少ないので、それで特に不都合もなかった。村全体の人口は二千人ほどでも、広い村のあちこちに集落が分散しているので、このあたりに住むのは三百人ほど。村の総人口からすると、大きな集落だ。
いわゆる秘境と言った雰囲気だが、それ以外には何もないので、観光客はまず訪れない。部外者も滅多に見かけない。集落に住まない人を見かけることはあるが、それは最寄り(とはいっても数十キロ離れている)の市から郵便や荷物などを配達してくる人や、ライフライン維持のために通ってくる人だったりして、要するに住人ではないけれども知っている人だ。
こんな小さな集落でも、すれ違う人がほとんどいなくても、外出する時は皆が律儀にマスクをしている。集落には診療所が一つきり、救急車を呼んでも一時間はかかるのだ。
そんな集落だから、住人のほとんどは顔見知り。子供の数は、小中学校合わせて両手ではちょっと余るほど。全員が、赤ん坊の頃からの付き合いだ。――由亜季をのぞいて。
「そういえば今度の『お迎えさん』、有音になったんだってね」
夏休みが終わらず延期になった学校や、オンラインで授業をする学校もあるが、ここは普通に新学期が始まり、対面での授業だ。生徒数は少なくても教室の広さは十分、ソーシャルディスタンスはばっちり確保できる。
いすにだらりと座ってスマホをいじりながら紗織がそう言ったのは、昼休みだった。
「おむかえさん?」
同じくスマホをいじっていた由亜季は、スマホから顔を上げて近くでやはりスマホをいじっていた有音を見た。
「うん。昨日、うちのポストに封筒が入ってた」
紗織は世間話をするような口調だったが、答える有音も同じだ。まるで、今日は掃除当番だったよね、というような。
「なに、それ」
知らないのは、どうやら由亜季だけらしい。
「え、知らないの?」
そこで、紗織と有音がスマホから視線を外し、由亜季を見た。
「あ、そっか。由亜季は引っ越してきてまだ四年だったもんね。この集落の風習だよ、『お迎えさん』て。五年に一度、選ばれた人がお迎えして、お迎えされるの。『お迎えさん』に選ばれるのは名誉なことで、幸せなことなんだよー。有音、よかったねえ」
「まさか自分になるとは思わなかったけどね。ま、ラッキーかな」
マスクをしていても、紗織が満面の笑みを浮かべ、有音もまんざらでもないという表情をしているのは分かった。
ただ、それ以外は何を言っているのか、由亜季にはさっぱり分からない。
「誰を『お迎え』して、誰に『お迎え』されるの? お迎えして、何をするの? そういうお祭りか何か?」
由亜季は四年前、田舎暮らしをしたかった両親と共に、都市部から移住してきた。十歳になったばかりの由亜季は、友人達と別れるのが悲しく、そびえる山とそれに囲まれた小さな空しかないここが寂しくて、密かに泣いたものだ。子供は少なかったが、同じ歳の紗織と、一つ年上の有音がいたおかげで、悲しさは寂しさは紛れていった。
子供が少ないので、ここでは一つ二つの歳の差は大した垣根ではない。そして、少ない故に、友人はよりかけがえのない存在だった。
そのうちの一人、有音は、いったい何に選ばれたのだろう。
集落は由亜季の家族を快く受け入れてくれて、両親もうまくやっているように見える。だが、縁もゆかりもない土地にやって来たので、殊に習慣や風習にはまったく疎かった。とはいえ、奇抜なものは今でほとんどなかったが。
「お祭りじゃないよ。んーとね、そういう風習? 黒森に小さなお社があるでしょ。あそこで、『お迎え』するの」
「だから、何を?」
「さあ?」
首を傾げたのは、その『お迎え』をするはずの有音である。
「さあ、って……」
紗織を見ると、知らない、と首を横に振る。
思いもかけないことを訊かれたとばかりにきょとんとする二人に、由亜季は呆れた。『お迎えさん』とやらに選ばれるのは名誉で幸せなことだと断言する割に、その詳細をまるで知らなさそうなのだ。この集落で五年に一度行われていることではないのだろうか。
結局、有音も紗織はそれ以上のことは知らないようで、詳しいことは分からなかった。お社で何かを行うくらいなのだから、集落に古くから伝わる風習とか伝統の類なのだろう。
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