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謎の娘
「え、これって……」
「あなたの着物。そんなはしたない恰好で横にいられると、こっちが迷惑だもの」
「あの、お金は」
「いらないわよ。安物だし」
娘が、いきなり泣きそうな顔になった。
まさか泣かれるとは思いもせず、危うく娘の前で狼狽えるところだった。
「ありがとうございます! こんなに綺麗な服を無償で……大切にします!」
「え、えぇ……」
(泣くほど感謝されるような代物じゃないんだけど、それ……)
「わぁ……綺麗」
娘が着物を広げる。まるで珍しいものでも前にしているかのように、目を輝かせて着物に見入っているではないか。
「これ、何という花なんですか?」
「菊よ。とりあえず早く着替えてくれる? その恰好、本当に危ないから」
「…………」
「どうしたの?」
「あの……これ、どうやって着ればいいんでしょうか?」
「……着物、着たことないの?」
「はい。初めて見ます」
これはさすがに、困惑を隠せなかった。まさか着物の着方が分からないなんて。
仕方ないので、私がその場で着方を教えながら着せた。安物で装飾品もほとんど無いに等しいので、娘もすぐに覚えてくれた。
「変、じゃないですか?」
「恐ろしく似合ってるわよ」
白藍の着物に小さくて可憐な白菊と、桜色に黄色、紺色のたおやかな菊がふんだんにあしらわれていて、白い肌と艶やかな黒髪によく映えている。大和撫子そのもので、つい今しがたまで奇怪な恰好をしていた人物と同じとは思えない。
「本当にありがとうございます。服まで用意して頂いて」
「当然のことをしたまでよ。下着姿の年頃の娘を放っておくなんて、だいこくさまに仕える身としてあってはならないもの」
「だいこくさま?」
「出雲大社がお祀りしている神様よ。正式には大国主大神さまと御呼びするわ」
「えっと……神様ということは、『いずもたいしゃ』というのは教会ですね!」
「え……?」
出雲大社の名を出したにも関わらず、返ってきたのはとんちんかんな言葉だ。学がないどころの話ではない。
着物も見たことないと言うし、もしや異国の娘だろうか。顔立ちと髪の色だけはそんな風に見えないけど。
「ということは、あなたは神官様ですか?」
「しんかんさま?」
「あれ……あ、もしかしてシスターですか?」
「しすたあ……?」
さっきから聞き慣れない言葉ばかりだ。やはり異国の娘か?
いや、でも言葉は通じているし、恐ろしく流暢な日本語だ。いくら必死に勉強したとして、ここまで流暢に話せるものだろうか。
「私は出雲大社の巫女よ。出雲大社本殿の修繕費を賄うため、こうして諸国を渡り歩いて舞を披露しているの」
「みこ、ですか?」
「神様にお仕えする者という認識でいいわ」
「はい! みこさまですね」
「国でいいわよ。あなたの名前は?」
「私はクニグンデ・アンドロシュと申します。クニグンデ、とお呼びください」
「えっと……クニグンデ、ね?」
確信した。やはり異国の娘だ。
これは、不味い。ますます野放しにするわけにはいかなくなってしまった。
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