7人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
異界の踊り子
(はぁ……ただでさえ余裕ないっていうのに)
本人の手前、溜め息だけはどうにか堪えた。
だけど、困っているというのは伝わってしまったのだろう。クニグンデが遠慮気味に「あの」と声をかけてきた。
「何か、お礼をさせて頂けませんか? ここまで良くして頂いて、何もせずにお別れするわけにはいきません」
「お別れも何も、しばらくは私と旅をしてもらうわよ」
「えっ?」
「その様子じゃあ、どうせ行く宛てとかないでしょう? そもそも、この国にどうやって来たのよ。一体何なの、あの光は?」
「えっと、私にもよく分からなくて。旅をしていたら小競り合いに巻き込まれてしまいまして……おそらく、その時に異世界への道に踏み込んでしまったのだと思います。世界には数えるほどですが、異世界へ通じる道があるらしいので」
「…………」
意味不明、理解不能だった。
だけど、一つだけ確かなことがある。
「船とかで、異国から来たわけじゃない……ということ?」
「あ、はい。私、おそらくこの世界の人間じゃないんです」
「ちなみに、帰る方法は?」
「異世界へ通じる道さえ見つかれば、帰れる可能性はあるかと」
「……それ、あなたには分かるの?」
「いいえ。私は、ただのしがない踊り子でしかありませんから」
「…………」
お手上げだった。
いっそのこと、私を騙して金を巻き上げるつもりとかの方が、まだ気が楽だ。
(まぁ、その可能性は低いでしょうね)
困っている善人のふりをするのなら、あんな奇怪な恰好をするわけがない。不審者と見なされて逃げられたら本末転倒だ。私だって、神に仕える身として放っておくわけにはいかないというだけだし。
何より、この娘は普通に良い子だ。
「どのみち、帰り道を探さなければならないんでしょう? だったら私の旅に同行して、何ら不都合はないはずよ」
「それはありがたいですが、それではご迷惑をかけてしまうのでは……」
「じゃあ、私の話し相手になってよ」
「え、そんなことでよろしいのですか?」
「えぇ。一人旅で、最近どうも独り言が多くなっちゃって困ってるのよ。女の一人旅というのも、いろいろと心細いしね」
戸惑いを表していたクニグンデの顔色が、一瞬にして明るくなった。
「分かりました! こんな私で良ければ!」
クニグンデの屈託のない笑顔を前に、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
何だか騙したような気分だ。話し相手が欲しいのも、一人旅だと心細いのも嘘ではないが、現状で困っている事といえば話は別だ。
大社勧進のための旅だというのに、半年経った今でも一向に成果が現れない。
今のところ、大社から頂いた持参金で何とか食べているが、その金が底を尽きるのも時間の問題だ。このままでは大社勧進の前に、私が野垂れ死にしてしまう。
だが、これは選ばれた私が為すべきお役目だ。
大社とは無関係の者を、ましてや出会ったばかりの異国人を頼るなど言語道断だ。
「もちろん、ただでとは言わないわよ。自分の日銭は自分で稼いで頂戴。生憎、二人分の生活を担う余裕はないから」
「はい! 私、今までも踊りで生計を立ててきましたから、多分大丈夫です! もし駄目なら別の方法を探しますし!」
「……とんでもなく前向きね、あなた」
「え?」
「ううん、何でもない」
思わず零れた言葉は、クニグンデの耳には届いてなかったようで安心した。出会ったばかりの娘に弱音を吐くなど、巫女としてあってはならないことだ。
最初のコメントを投稿しよう!