異界の踊り子

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異界の踊り子

(はぁ……ただでさえ余裕ないっていうのに)  本人の手前、溜め息だけはどうにか堪えた。  だけど、困っているというのは伝わってしまったのだろう。クニグンデが遠慮気味に「あの」と声をかけてきた。 「何か、お礼をさせて頂けませんか? ここまで良くして頂いて、何もせずにお別れするわけにはいきません」 「お別れも何も、しばらくは私と旅をしてもらうわよ」 「えっ?」 「その様子じゃあ、どうせ行く宛てとかないでしょう? そもそも、この国にどうやって来たのよ。一体何なの、あの光は?」 「えっと、私にもよく分からなくて。旅をしていたら小競り合いに巻き込まれてしまいまして……おそらく、その時に異世界への道に踏み込んでしまったのだと思います。世界には数えるほどですが、異世界へ通じる道があるらしいので」 「…………」  意味不明、理解不能だった。  だけど、一つだけ確かなことがある。 「船とかで、異国から来たわけじゃない……ということ?」 「あ、はい。私、おそらくこの世界の人間じゃないんです」 「ちなみに、帰る方法は?」 「異世界へ通じる道さえ見つかれば、帰れる可能性はあるかと」 「……それ、あなたには分かるの?」 「いいえ。私は、ただのしがない踊り子でしかありませんから」 「…………」  お手上げだった。  いっそのこと、私を騙して金を巻き上げるつもりとかの方が、まだ気が楽だ。 (まぁ、その可能性は低いでしょうね)  困っている善人のふりをするのなら、あんな奇怪な恰好をするわけがない。不審者と見なされて逃げられたら本末転倒だ。私だって、神に仕える身として放っておくわけにはいかないというだけだし。  何より、この娘は普通に良い子だ。 「どのみち、帰り道を探さなければならないんでしょう? だったら私の旅に同行して、何ら不都合はないはずよ」 「それはありがたいですが、それではご迷惑をかけてしまうのでは……」 「じゃあ、私の話し相手になってよ」 「え、そんなことでよろしいのですか?」 「えぇ。一人旅で、最近どうも独り言が多くなっちゃって困ってるのよ。女の一人旅というのも、いろいろと心細いしね」  戸惑いを表していたクニグンデの顔色が、一瞬にして明るくなった。 「分かりました! こんな私で良ければ!」  クニグンデの屈託のない笑顔を前に、ほんの少しだけ胸が痛んだ。  何だか騙したような気分だ。話し相手が欲しいのも、一人旅だと心細いのも嘘ではないが、現状で困っている事といえば話は別だ。  大社勧進のための旅だというのに、半年経った今でも一向に成果が現れない。  今のところ、大社から頂いた持参金で何とか食べているが、その金が底を尽きるのも時間の問題だ。このままでは大社勧進の前に、私が野垂れ死にしてしまう。  だが、これは選ばれた私が為すべきお役目だ。  大社とは無関係の者を、ましてや出会ったばかりの異国人を頼るなど言語道断だ。 「もちろん、ただでとは言わないわよ。自分の日銭は自分で稼いで頂戴。生憎、二人分の生活を担う余裕はないから」 「はい! 私、今までも踊りで生計を立ててきましたから、多分大丈夫です! もし駄目なら別の方法を探しますし!」 「……とんでもなく前向きね、あなた」 「え?」 「ううん、何でもない」  思わず零れた言葉は、クニグンデの耳には届いてなかったようで安心した。出会ったばかりの娘に弱音を吐くなど、巫女としてあってはならないことだ。
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