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郷に入っては郷に従え
「生計を立てているということは、あなたも相当踊れるのよね」
「いいえ、そんな……でも、踊るのは大好きです。それはもう、可能でしたら死ぬまで踊り続けたいくらいに」
「それは止めなさい……ん?」
ふと、クニグンデの頬に黒い何かが見えた。黒子にしては大きすぎる。
蚊だ。気付いた私は、直ちに動き出した。
「クニグンデ! じっとして!」
「え?」
クニグンデの肩が僅かに動いたからか、蚊が逃げ出した。すばしっこい動きで、そのまま彼女の髪の中に入っていく。
「ちょっとごめん!」
クニグンデの綺麗な黒髪を分ける。
そして、絶句した。
「…………」
「ど、どうかしましたか?」
黒髪の下から露わになったのは、尖った耳だった。耳自体は人のそれだけど、まるで獣の耳のように尖っている。
「……変わった耳飾りね。耳が尖っているみたい」
「あ、違うんです。これ本物なんですよ」
「え?」
「私、ハーフエルフなので」
「はあふえるふ……?」
「はい。エルフと比べると短いので、分かりづらいかもしれませんが……あ! 怪我してますよ!」
クニグンデが困惑する私の腕を掴んだ。
そこで初めて、肘に擦り傷ができていることに気が付いた。先ほど、首を垂れた状態のまま彼女を受け止めた際の傷だろう。
「あぁ、大丈夫よ。これくらい」
「駄目ですよ! 旅人にとって怪我は命とりです! 傷跡が残ったり、菌が入って病気になったりしたら大変ですから!」
「確かにそうね。じゃあ、洗って――」
不意に、クニグンデが擦り傷の近くに手を添えた。その手が、光り出す。
肘の辺りが温かくなり、傷が消え始めた。
「…………っ!?」
「良かったぁ。私の魔法でも直せるレベルで」
「まほう? れべる……?」
「はい。ハーフエルフなので、こんな初歩的な魔法しか使えませんが」
クニグンデが手を離すと、肘にはかすり傷一つも見当たらなかった。目の前で起こった奇跡に、私は言葉を失う他なかった。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
でも、確かに見たのだ。傷がみるみるうちに癒えていく様を。
「クニグンデ!」
思わずクニグンデの両肩を掴んでしまった。私の顔色を伺っているのだろう。狼狽えながらも、じっと私の顔を見つめてくる。
「……二つ、あなたに言っておきたいことがある」
「はい」
「一つ、その耳は絶対に人前で晒しては駄目。この世界には、『はあふえるふ』なんて人はいないのよ。その耳を見られたら、まず碌な目に遭わないわ」
「わ、分かりました」
「二つ、何があっても『まほう』は使っては駄目。私やあなたが怪我をしてもね」
「えっ!? この世界では、魔法も差別対象なのですかっ?」
「差別以前に、人が使えるものではないのよ。人が触れていい領域ではないの」
「えっと……分かりました!」
二つ目に関しては納得のいかない様子だが、郷に入っては郷に従えの精神があるのだろう。迷いを振り払うかのような勢いで頷いた。
「それと、もう一つだけ」
「はい!」
姿勢を正し、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
見つめられる私の方が困ってしまった。
だって、彼女が身構えているようなことではないのだから。
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