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異界の娘との二人旅
「……傷、治してくれてありがとう」
「えっ!? でも、駄目なことだと……」
「説明する前だもの。数に入れないわよ」
「――ありがとうございます!」
涙目で近づき、私の手を握ってきた。
「ちょ、ちょっと、近いから!」
「不束者ですが、これからよろしくお願いします。クニさん!」
「……うん。よろしく」
こうして、異界から来たという不思議な娘との二人旅が始まった。
***
あれから三日。相変わらず、町を巡りながら踊る日々を送っていた。
唯一違うのは、隣にクニグンデがいるということだった。
着物を身にまとい、肩まで切ろ揃えた髪には付け毛を施してある。もちろん長い耳は髪の下だ。今のクニグンデを見ても、誰も異界の人だとは思わないだろう。
「あ、見てください! あれ!」
クニクンデが町の広場を指さした。
数人の男女が、全身をふんだんに使って大胆な動きをしている。あれだけの動きをすれば相当な危険を伴うだろう。
それだけに、成功する度に人々から熱烈な声援を得ている。
「あぁ、あれは旅芸人ね。諸国を巡って芸を披露しているのよ」
「じゃあ、クニさんと同じですね」
「そうね」
ただ、彼らと私では決定的な違いがある。
彼らは、芸そのものを売りにしている。だから人々は純粋に楽しめる。
私は違う。舞はあくまでもおまけで、大社勧進のための道具に過ぎない。
それを薄々と分かっているから、人々は拒絶する。余所者からしたら、修繕費のための勧進も布教と何ら変わりない。
こんな乱れた世だ。神などという偶像に現を抜かす余裕などないし、胡散臭いとすら思うだろう。信心深いのは、幼少の頃からそういう教えを受けた者か、厳しい現実を前に神にすがる外なくなった者くらいだ。
だけど、私はそれでも大社のために舞う。
大社で鍛冶師として働く父のためにも、私たち父娘をずっと支えてくれた大社のためにも、私はこの使命を成さねばならないのだ。
「おぉ、お菊ちゃん。見つけた!」
町の人がクニグンデに駆け寄ってきた。『クニグンデ』ではいろいろと面倒だろうということで、外では『菊』と名乗っているのだ。
ちなみに命名したのはクニグンデ自身で、昨日あげた着物の菊文様を大層気に入ったらしく、何の迷いもなくそこから名をとったのだった。
「お金、落としてったよ」
「えっ? あ、ありがとうございます!」
町人から銭を受け取り、クニグンデが頭を下げる。昨日、この町に来たばかりだというのにもう打ち解けている。異界の者とは思えないほどの馴染みっぷりだ。
「お、そこのお嬢ちゃんもべっぴんさんだね」
「いえいえ、それほどでも」
「俺、あっちで太物屋をやってんだ。気が向いたら二人で寄っといでよ」
「はい」
「じゃ、俺はこれで」
町人が立ち去ると、クニグンデが私の方を見た。
「ふとものやって何ですか?」
「普段着を扱ってる店ね。あなたにあげた着物も、太物屋で買ったものよ」
「あ、そうだったんですか」
「ちょっとした小物や装飾品を取り扱ってる太物屋もあるわよ」
「わぁ……!」
「行ってきたら? 私はここで待ってるから」
「あ、いえ! 私も節約しないとですし!」
クニグンデが慌てた様子で言う。
そこまで慌てるのは、日々切り詰めている私を気遣ってのことだ。クニグンデ自身は踊りで順調に日銭を稼いでいて、小物を買う余裕くらいはあるだろう。
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