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優しい甘味
「あ、やっぱり買ってきます!」
「ちょっと、太物屋はそっちじゃないわよ」
「団子買ってきます! すぐに戻ってくるので!」
それだけ言って、慌ただしく駆け出すクニグンデ。その姿が何だか面白くて、思わず小さく笑ってしまった。
クニグンデの舞は、見たことがない。各々別の場所で踊っているからだ。
というのも、私の舞とクニグンデの舞は別物だからだ。あちらの世界の舞は詳しくないが、話を聞いていると、少なくとも神を祀る舞ではないことは確かだ。私と踊ったところで、彼女の本領を発揮できるとは思えない。
いや、そんなのは綺麗ごとだ。
私は、見たくないのだ。クニグンデの舞を。
日銭を順調に稼いでいる彼女の舞を見たら、自分を見失ってしまいそうだから。
「ただいま帰りました!」
子供のように忙しなく足音を立て、ほくほくの笑顔で帰ってきたクニグンデの手には、みたらし団子が二つあった。
「二つも買って、そんなにお腹空いてたの?」
「はい!」
クニグンデが、みたらし団子を一つこちらに差し出してきた。
「クニさんの分です!」
「え、いいわよ。そんな」
「あ! もしかして甘いもの、嫌いでしたか……?」
「ううん、むしろ大好き」
「良かったぁ」
「じゃなくて! それ、あなたの日銭で買ったものでしょう?」
「はい! だから、日頃のお礼にと思いまして。着物のお礼もまだですし」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
クニグンデから、みたらし団子を受け取る。買ってしまったものは仕方がない。
食べ歩くのは行儀が悪いので、手頃な場所を見つけて腰掛けることにした。
「それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきます」
三つ連なる団子を、まずは上から頬張る。
こってりとした、だけど優しい甘味が口いっぱいに広がった。こんなに甘いものを食べるなんて、何か月ぶりだろう。
「んんっ! あまぁい」
隣でクニグンデが頬に手を当てて、夢心地といわんばかりにとろけた顔をしている。こっちまで頬が緩んでしまいそうだ。
ふと、町の方に目をやる。
知らない人たちが、次々と目の前を通り過ぎていく。その向こうには、商いをする店がずらりと並んでいて、代わる代わる人が来ては品を手に帰っていく。
何でもない光景、何でもない日常だ。離れたところで戦が起きて、数多の兵が死んでいるとは思えないくらいに平和で、のどかだ。
久しぶりだった。こんな風に、自分以外の何かをただ眺めるなんて。
改めて隣に目をやる。クニグンデはよほど団子を気に入ったのか、もう最後の一口をたいそう愛おしそうに頬張っていた。
食べ終わったクニグンデと目が合う。
私は、にこりと笑った。
「ほへ?」
まだ頬に団子が入っているクニグンデから、何とも間抜けな声が漏れる。
「こんな風にのんびりできたの、本当に久しぶりだった。あなたに出会わなかったら、こんな贅沢はできなかったかもね」
「ふにふぁん?」
「ありがとうね」
ここで礼を言われるとは思っていなかったのだろう。クニグンデは頬を団子で膨らませたまま狼狽え出した。
「ほぉっ? ふぉふぇっ!」
「喉、詰まらせないでよ?」
水を渡してもいいが、折角の団子を水で流し込むのはもったいない。
私の忠告が効いたのだろう。クニグンデは喉を詰まらせることなく、最後まで団子を美味しく食した。
「さて、行きましょうか」
私も食べ終えたところで、二人とも立ち上がり、歩き出す。
何やらけたたましい足音が聞こえてきたのは、その直後だった。
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