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不覚の事態
「あっ!!」
突然、人の影が横に現れたかと思えば、クニグンデが派手に転んだ。
「クニグンデ!」
「いったた……」
しゃがみ込み、クニグンデの様子を伺う。とりあえず、無事なようだ。
前へと視線を向ける。
男だった。明らかにぶつかっただろうに、見向きもせずに走っていく。それどころか、道行く人にまで怒鳴って進路を開けようとしているではないか。
(まさか……!)
嫌な予感がして、クニグンデの着物に手を素早く差し込む。
「え、クニさん!?」
顔を真っ赤にするクニグンデには構わず、懐を探る。
(――やっぱり無い!)
「待ってて!!」
「クニさん!?」
考えるより先に、駆け出していた。
クニグンデが稼いだ金を……あの糞野郎!
この身は女だが、それでも足には自信がある。そうでなければ、諸国を巡回する巫女に選ばれるはずもない。
男の背が近づいてきた。まさか女にここまで追いかけられるとは思っていなかったのだろう。振り返った男は驚愕していた。
その拍子に石にでもつまずいたのか、男が盛大にずっこけた。
(よし! 今だ!)
この機を逃すはずがない。
私は男に馬乗りになり、巾着袋を男の手から奪い取ろうとした。
「退け、この糞尼ぁ!!」
男がじたばたと暴れ出し、私を突き飛ばした。
足がもつれて、天地がひっくり返る。
「――――っ!!」
瞬間、足に激痛が走った。
「いたぞ!! あいつだ!!」
「おい、そいつを捕まえろ!!」
町の男たちがあちこちから集まってきた。男は逃げ出そうとしたが、数人がかりの男たちに程なくして抑え込まれた。
男の手から巾着袋が引っ剥がされる。
本当ならすぐにでも受け取りたいところだが、痛みで足が言うことを聞かない。
「クニさん!」
クニグンデが駆け付けてきた。ようやく自分がされたことを理解したのか、いつもの呑気な顔からは想像できないくらいに青ざめている。
「あ、はは……ごめん、クニグンデ。ちょっと肩貸してくれる?」
「え?」
「足……くじいちゃったみたい」
自分の口から出た声があまりにも情けなくて、笑っていないと泣きそうだった。
「ごめんなさい」
宿に戻るや否や、クニグンデが土下座をした。
確かに、この世界では必要なことだからと先日教えはした。まさか最初に、私相手にされるとは思っていなかったけど。
「私のせいで……こんな……」
「気にしないで。私が勝手にやったことだし、とりあえず頭を上げて」
クニグンデが、言うとおりに頭を上げる。目には涙がいっぱい溜まっていた。
結局、向こう十日は踊れなくなってしまった。突き飛ばされた拍子に足をくじいてしまうなんて、不覚にもほどがある。
正直、掏摸なんて旅をしていればいくらでもある。
当然、その対策は怠らないわけだが、それでも盗まれてしまうことも少なくない。あぁなってしまえば、諦める他ないのだ。女の身であるなら尚更そうだ。
だけど、許せないと思ってしまった。
そして、気が付いたら体が動いていた。
性分といえば聞こえはいいが、これは立派な管理不行き届きだ。
本当なら、追いかけるべきではなかったのだ。怪我でもして踊れなくなれば、お役目を果たせなくなるのだから。
ふと、足元が温かくなっていくのを感じた。
見ると、クニグンデが手をかざしていた。
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