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踊り子の佇まい
「クニグンデ!」
手首を掴み、足から引き離す。
どうやら、まだ『まほう』は効いていないらしい。足の痛みが変わらず引いていないことに、今ばかりは安堵する。
「何やってるの!? まほうは使っちゃ駄目って言ったでしょう!!」
「でも! これじゃあクニさんが踊れない!! いつも……頑張ってるのに……」
クニグンデの瞳から、大粒の涙が零れ落ちていく。
「ごめんなさい……私……」
「…………」
どうすればいいのだろう。数日とはいえお役目を果たせず、クニグンデにも余計な罪悪感を抱かせてしまっている。
このままでは、旅をすることもままならない。
クニグンデの舞にだって、影響が――
「……私が踊ります」
「え?」
「私がクニさんの代わりに、みこの舞を踊ります。それしかありません」
「はっ!?」
自分の耳を疑ったが、クニグンデの真剣な顔が幻聴ではないと物語っている。
「いや、何言ってるのっ? あなたの舞とは動きも意味合いも違うのよ!?」
「大丈夫です! この三日間、クニさんの舞をずっと見てきましたから!!」
「え、あなた、別の場所で踊ってたんじゃないの?」
「踊った後に見学してました。クニさんの舞、本当に綺麗で、女神様みたいで、私も踊りたいなって思って、クニさんが寝た後にこっそり練習したんです」
「女神様って……ていうか、何でこっそり?」
「驚かせたくて」
「聞いた私が馬鹿だったわ」
それはともかく、どうしたものだろう。
私の舞は、大社に選ばれたからこそのものだ。いくら数日踊れないとはいえ、縁もゆかりもない者に踊らせていいものだろうか。
(――いや、違う)
舞は、あくまでも手段でしかない。
目的は、大社本殿の修繕費を賄うことだ。
「……分かった」
「え?」
「クニグンデ。足が治るまでの間、私の代わりに踊って頂戴」
涙で濡れた目が、大きく見開かれる。
そして、たちまち満面の笑みで溢れ返った。
「――――はい!」
今にも弾けんばかりのクニグンデの笑顔に、私も期待を込めて微笑みを返した。
***
翌日、巫女服をまとったクニグンデが大衆の前に姿を現した。
その凛とした佇まいは、驚くほどに巫女そのものだった。何年も修行をしたわけでもなく、一晩で私が叩き込んだわけでもない。
(嘘でしょう? ほんの三日、見様見真似で練習しただけなのに……!)
ただ立っているだけと侮ることなかれ。人を魅了するには、それだけでも相応の技術と経験を要するのだ。
だというのに、三日の見よう見まねだけで、その佇まいが既に完成している。道行く人が、ぞろぞろとクニグンデの前に集まるのが何よりの証拠だ。
(才能というやつね……)
努力を積み重ねれば、凡人でも上へと行ける。だからこそ、血の滲むような努力を続けて、欲しいものを勝ち取るのだ。
そして、凡人の上を何の悪気もなく飛び越えていく人も数多くいる。
悔しいけど、これなら大丈夫。
彼女なら、見事に踊りきってくれるはずだ。
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