出雲の巫女

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出雲の巫女

 桜の花びらが、ひらひらと地に落ちていく。  落ちてくる花びらを背に、私も舞う。  誰一人見向きもしない。当然だ。花や芸事に現を抜かす余裕のある者が、百姓などやっているはずがないのだから。  ましてや今は戦国の世。ただでさえ明日の食い扶持を得るので精一杯なのに、働き盛りの男は皆、戦に駆り出されてしまって人手が足りない。  故にこうした芸事は、貴族や懐の豊かな武士を相手に披露するものと相場が決まっている。もしくは、可哀想な男たちを前に花を携えるか。 (それだけは……絶対に避けなくては!!)  私がこうして恥も忍んで、見向きもされない舞を披露し続けるのは、ただ己の食い扶持を稼ぐためでもなければ、私を花と愛でる殿方を探すためでもない。  これは、私が為さねばならない使命なのだ。 「…………はぁ」  町を一回りしたところで、私は近くの木にもたれかかった。口から溜め息が零れる。気を抜いたら、魂まで吐き出してしまいそうだ。    ふと空を見上げて、既に赤みが差していることに気が付いた。 (今日も、駄目だったか……)  落胆しながらも、全身の疲れ具合を確認する。朝からずっと歩いて踊り回っているので、足のつま先から全身にかけて悲鳴を上げている。  だが、辛くはない。許容範囲の痛みだ。  旅を始めたばかりの頃は、冗談抜きで死にそうだった。  体中が軋むわ、意識が朦朧とするわ、月の道が一時期途絶えるわ、使命でなかったらとっくに逃げ出していただろう。  旅に出て早半年、体だけは無駄に丈夫になってしまった。 「あーもう!!」  苛立ちに駆られ、頭を抱えながら足を行儀悪く動かす。こんなことをしたところで誰一人見向きもしないし、むしろ滑稽なだけだと分かってはいるけれど、朝から晩までずっと一人だ。無理にでも表に出さないと気が狂ってしまいそうになる。 「…………はぁ」  本日二度目の溜め息。  体が丈夫になるのは良いことだ。舞に健康は必要不可欠だから。  だけど、舞を見てもらわなければ本末転倒だ。 (世の中は厳しいとはよく言うけど……さすがに堪えるわね)  幼い頃からひたすら技術を磨き、教養を身に着け、厳しい訓練に耐え、文字通り血と汗を滲ませ続けて十年、数え十六にして崇高なこのお役目を勝ち取った。  だというのに、未だに成果を掴み取れない。 半年の時を経てもなお、未熟者と嘲笑されるどころか見向きすらされない。  つまり、その程度だったのだ。私の舞は。 (……井の中の蛙とは、よく言ったものね)  己の能力に驕ったことは一度も無い。驕りは成長を止めるからだ。  だけど、心のどこかでは、そんな自分を誇りに思っていたのだろう。  世に出れば、私の舞は必ず大社の助けになるはずと信じて疑わなかった。今となっては、その時の浅慮な自分が恨めしい。 (私では、駄目だったんだ)  大社の見る目が無かったのではない。  今の私に、期待に応えるだけの力が無いのだ。  もちろん、だからと言って使命を放棄するつもりはない。どんなに悔やんでも、もう選定のやり直しはできないのだから。  やるしかないのだ。選ばれた私が、必ず。
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