第2話 消えた人々

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第2話 消えた人々

 ここはゴルドの国。ここは他の国同様、人間と魔獣がいる。だが彼らは、『妖怪』と言われる。妖怪は元々、ゴルドの国に住んでいた。魔獣の英雄の1人であるレミー・霞・玉藻もその1人だ。妖怪は魔法とは違い、妖術を使う。  ゴルドの国は他の国との関わりを長らく持たなかった事から独自の文化を築いてきた。その独自の美しい文化は多くの外国人観光客を虜にし、多くの観光客が訪れる。  このシナビレッジは山脈のふもとにある小さな村。その山脈には多くの名峰があり、多くの登山客が訪れる。中心駅のシナ駅にはこの時期になると多くの観光客が訪れる。この村の名物はそばで、登山客の多くはそばを食べてから山に登る。  山開きや夏休みになると、昼間の特急やいつもの夜行列車に加えて、多くの臨時夜行がやってくる。その時には普段の村とは思えないほど多くの人が訪れる。この村の人の中には駅前でそば屋を営んでいる家族が多い。  明日はいよいよ山開きだ。この村のそば屋はこの時期になると観光客だけでなく、登山客もやってきて、とても忙しくなる。そんな時は夏休み中の子供も仕事に回る事が多い。  その中の1つ、洗馬家の運営するそば屋『登龍門』は駅前にあるそば屋で、この村の中では有名なそば屋だ。特に多くの観光客が訪れる。  そんな洗馬家に1人の少年が住んでいる。藪原太一(やぶはらたいち)はシナビレッジに住む少年。体を大きくしたり小さくできる入道族だ。アヅマシティに生まれたが、間もなくして両親を失い、それ以後は母の実家で過ごしている。小学校ではみんなの人気者で、友達が多い。  母の実家は家族等でそば屋を営んでいて、太一は小学生ながら休みの日は手伝いをしている。太一は将来、このそば屋の跡取りとなろうとしていた。  太一がそばを教わったのは祖母の洗馬(せば)スエだ。おばあちゃんっ子だった太一は幼い頃からそば打ちを手伝い、5歳で作れるように、10歳でスエが認めるまでに成長した。そば打ちの小学生大会では負け知らずで、将来日本一のそば職人になるだろうと思われていた。  スエはこの村で一番のそば職人だ。国中のそば職人が憧れ、『伝説のそば打ち名人』と呼ばれている。スエが書いた著書はそば職人がバイブルとして読んでいるぐらいだ。そんなスエは10年ほど前にそば屋からは引退し、道の駅でそば打ち体験の講師をしている。  今日から夏休みだ。学校は正午で終わり、生徒は帰宅中だ。この村にある小学校は1つだけで、卒業すると隣にある中学校に進学する。生徒数は少なく、1クラスで1桁だ。過疎化が進んだり、小学校の統合もあり、この数だ。  太一は正午で小学校を終え、これから長い夏休みを迎えようとしていた。太一は自宅までの道のりを1学年年上の井辺真由美(いべまゆみ)と歩いていた。太一の住んでいる集落に、小学生は太一と真由美だけだ。この集落では高齢化が進んでいる。年々社会問題になっているが、全く状況は変わらない。それどころか、高齢化がより一層進んでいる。  集落までの田園地帯を、2人は歩いていた。田園地帯はのどかだ。セミの音がけたたましく聞こえる。今日も日差しが強い。すでに30度を超えている。 「たっちゃん、明日から夏休みだよね」  真由美は後ろを向いた。真由美は笑顔を見せた。今日から夏休みだ。何をして遊ぼう。  真由美もまた妖怪で、姑獲鳥(うぶめ)族だ。姑獲鳥族は女性のみの種族だ。巨大なカラスのような姿で、飛翔力が極めて高い。また、知能も高い。真由美は学年で一番成績が良く、太一もよく頼りにしていた。 「うん。でも宿題に家の手伝いに、休みはないよ」  太一は笑った。自分に夏休みはない。夏休みになると多くの登山客が訪れる。そのため、登山前に腹ごしらえにと多くの登山客がそば屋を訪れる。当然いつもの状況では生産が追い付かず、この時期は太一やスエも応援に加わる。 「そうだよね。その気持ち、わかる」  真由美は太一の気持ちがわかった。太一はあまり人と遊んだことがない。家業の影響だ。休日は専ら家業の手伝いをしている。全ては将来、家業のそば屋を継ぐためだ。仕方がなかった。 「まゆちゃんはどうするの?」 「私は旅行に出かける以外は何もすることないわ。勉強ばっかり」  真由美は普通の家庭で、父は教員をしている。夏休みは家族と旅行に出かける予定で、とても楽しみにしている。 「ふーん」  太一はそれがうらやましかった。だが、それも家業を継ぐため。耐えなければならない。 「近頃、魔獣が襲い掛かってくるって言うけど、太一と私なら大丈夫よね」 「うん」  ここ最近、この辺りでも魔物が襲い掛かってくるらしい。学校の先生も注意するようにと生徒に言うことがしばしばある。太一も真由美も気を付けていた。 「じゃあね」  集落に入り、真由美はT字路で太一と別れた。太一は真由美とは別の道を進んだ。  太一は1人で家に向かっていた。太一の家はこの集落では一番大きな家だ。洗馬家は先祖代々の自営業でかなりの利益を上げている。  太一は家に帰ってきた。家には農業機械もあり、まるで農家のようだ。この洗馬家はそば粉も自分達で作っていて、そのそば粉でそばを作っていた。 「ただいまー」 「おかえりー」  迎えたのはスエだ。この日は休みで、家にいた。スエ以外の家族はそば屋で働いていて、家にはいない。 「いよいよ今日から夏休みだね」 「山登りする人が多いから、このそば屋も多くの人が訪れるだろうな。頑張らなくっちゃ」  太一は自分の部屋に入り、ランドセルを置いた。とりあえず今日はゆっくりしよう。  と、叔父の洗馬洋一(よういち)が帰ってきた。登龍門の店長だ。出来上がったそばを取りに来た。  洋一は元々洗馬家ではない。登龍門の店長となる代わり洗馬家の婿養子になった。 「たっちゃんおかえりー」 「おじさんただいまー」  太一は笑顔を見せた。交通事故で両親を亡くし、引き取ったのは洋一だった。だが、まさか自分の家業を継ごうとしているとは思わなかった。 「今日から夏休みだね」 「うん」  太一は嬉しい半面、これから忙しい日々が始まる。気合を入れて頑張らねば。 「明日から忙しいぞー」 「そうだね。頑張らなきゃいけないし、宿題をしないといけないし」  洋一はそばの入ったトレーを持つと、忙しそうに家を出て行った。太一はその様子を見ていた。明日はもっと忙しくなるだろう。  翌朝、朝から登龍門はあわただしくなっていた。特急で来た人々が駅前にやってきて、昼から山に登る人々が登龍門にやって来る。従業員は朝からフル回転で調理や会計をしていた。  洗馬家も朝からあわただしい。すでに引退したスエも手伝っている。太一はまだ夜が明けていない時間から作業をしている。石臼でそばの身を引き、つなぎの小麦粉とお湯を入れてこねる。綿棒でのばし、細く切る。太一は朝からそば切りの作業に回っていた。 「おはよう」  洋一がそばを取りにやって来た。洋一も朝早くからあわただしくしていた。そばの入ったトレーを取りに来ると、すぐに店に向かわなければならない。 「今日から夏休みか」  太一は笑顔を見せた。だが、夏休みはあわただしい。決して楽しいものではない。そばを作って勉強してお風呂に入って寝るぐらいだ。遊んでいる時間なんてない。 「朝一番から多くの人が来てるよ」 「そうか」  太一のいとこで9歳年上の洗馬海斗(かいと)も朝からあわただしくしている。今年の春に高校を卒業して実家のそば屋で働いている。太一同様、自身もそば打ちが得意で、若い太一に期待していた。  海斗は龍族で、羽はないが空を自由自在に舞うことができる。洗馬家は人間だが、婿養子の父、洋一から受け継いだものだ。あまり龍にならない洋一に対して、海斗は毎朝気晴らしに龍になって空を飛んでいる。 「頑張らなくっちゃ」 「そうだね」  太一は再び作業に向かった。宿題をする暇もない。  11時のオープン前、登龍門では朝から客であふれていた。彼らは登山口までのバスの乗り換えの合間に食事を済ませようとしている。この店はこの辺りでは珍しいセルフ式で、そばを注文してその先で天ぷらやごはん物、おかずを注文する。最初は席に着いて注文していた。だが、客が増えたため、素早くさばけるセルフ式になった。  11時と共に、登龍門の扉が開いた。待っていた客はどっと店内に入った。あっという間に登龍門には行列ができた。  まず最初にそばを注文する。量は並と大で、メニューはかけそば、ざるそば、山菜そばがあり、どれも冷と温が選べる。客はそのまま進み、天ぷらやごはん物、おかずが並んでいるカウンターの先で受け取る。 「いらしゃいませ、ご注文は?」  カウンターの最初にいるのは太一の母の姉、洗馬春香だ。両親を失った太一をここに連れてきて、母親代わりに育ててきた。 「ざるの並で」 「ざる並一丁!」  春香が厨房に向かって叫ぶ。しばらくすると、一番向こうのカウンターにざるそばの並が出される。 「ひやかけ並」 「ひやかけ並一丁!」 「すいません、天ざるはないですか?」 「申し訳ございません。天ざるというメニューはございません。ざるそばをご注文して、この先のカウンターでお好きな天ぷらを取ってください」  春香はカウンターを指さした。その先には天ぷらの置かれたカウンターがある。 「それじゃあ、ざる並」 「ざる並一丁!」  と、そこに従業員が揚げたてのえび天をもってやって来た。人気のえび天はすぐに切れてしまう。 「えび天揚げたてでーす」  従業員はカウンターに揚げたてのえび天を置いた。すると、すぐにカウンターを通る客がえび天を取っていく。 「あっ、えび天欲しいね」  後ろの客はその隣にある野菜かき揚げに興味津々だ。かき揚げはボリュームがあり、食べ応えがある。 「野菜かき揚げもおいしそう」 「いか天欲しいな」  他の客はその上のイカ天にも興味津々だ。えび天よりも長くて、こちらもボリュームがある。 「そば入りまーす」  そこに、洋一がやって来た。実家から出来上がったそばを取りに来た。洋一はそばの入ったトレーを厨房に置いた。  トレーを中央に置くとすぐに、洋一は再び車に向かった。客が多くて、そばがすぐになくなってしまう。早くまた取りにいかないと。  騒然とした朝が終わり、昼下がりになった。ある程度手が空いてきたので、太一は手伝いをやめ、畳に仰向けになっていた。  朝早くから作業をして、太一は疲れていた。だが、夏休みはこんな感じだ。まだまだ始まったばかり。これがほぼ毎日続く。そう思うとまだまだ疲れたとは言ってられないと思った。  昼下がり、ぐんぐん気温が上がり、35度近くなってきた。太一は扇風機に当たりながら昼寝していたが、あまりにも暑くて起きてしまった。太一は入道族の一つ目の姿になって仰向けになっている。 「疲れたのか?」 「うん」  洋一がやって来た。再びそばを取りに来たみたいだ。その隣では従業員がそばを打ち続けている。スエは午前中だけ手伝って、道の駅に向かった。 「今は少し落ち着いてるみたいだ」 「そっか」  太一は大きく息を吸い込んだ。騒然とした朝が終わり、ほっとした。 「今夜、みんなでそばを食べようか?」  突然言われて、太一は驚き、首をかしげた。どうしてこんな時に。だが、我が家のそばを食べられると思うと、嬉しかった。 「それいいね! でも、どうして?」 「夏休み始まったから、たまにはいいかなと思って」  洋一を笑顔を見せた。今日から夏休みだし、太一が朝から頑張ってくれたからねぎらいにご馳走しようと思った。 「あっ、まゆちゃんとお母さんも一緒だって」  実は、そばを運ぶ途中に真由美とその母に会って、久々にそばが食べたいなと言ったので、ならばいっしょに食べようと誘っていた。 「そっか」  太一は嬉しくなった。普段作っているそばが食べられるし、真由美と食べられる。夏休みの始まりにいいじゃないか!  その夜、シナビレッジはいつもの静かな夜を迎えていた。山を下りてきた人が通るが、彼らはみんな駅弁を買ってそのまま帰る。帰りにそばを食べる人はそんなにいない。  太一と洋一、海斗、春香、真由美とその母は登龍門の空いたテーブル席でそばを食べていた。店内はそんなに人がいない。まるで昼の騒がしさが嘘のようだ。店員や客の声がよく聞こえる。  太一は家族の打ったざるそばをすすり、今日1日の事を思い出していた。まるで嵐のような朝が来て、静かな昼を迎えた。夏休みはいつもそんな感じだ。気合を入れないと。 「今日は忙しかったね」 「うん」  と、従業員がコップとお酒を持ってきた。オーダーしたのは真由美の母だ。 「どうも、霊峰の水割りね」  霊峰はこの近くの酒蔵で作っている米酒で、この村の特産品の1つだ。山登りから帰ってきた大人はこの米酒のカップを買ってそれを買えりの車内で飲むという。 「ありがとう」  従業員はコップにお酒を注いだ。真由美の母は酒を口に含む。 「でもまだ始まったばかりよ」 「そうだね。もっと頑張らないと」  真由美の母は笑顔を見せた。真由美の母は少し酔っていたが、意識はしっかりとしている。 「僕らもいつか山に登ってみたいな」 「そうだね」  太一は山の方向を見た。山を登る人々は夕方のうちに帰るか5合目の山小屋に泊まっている。 「やっぱここのそばはおいしいね」 「うん」  真由美はおいしそうにざるそばをすすった。いつか、太一がこの店の店員として働く姿が見たいな。 「たっちゃんもいつかここで働くんだよね」 「うん。僕がこの店の後を継ぐんだ」  太一は笑顔を見せた。いつかこの店を継いで、おいしいそばをみんなに食べてもらうんだ。 「なーに。後を継ぐのは僕さ」  その隣でざるそばをすすっていた海斗だ。海斗は昔からこの村に住んでいて、洗馬の姓を名乗っている。だから自分がこのそば屋を継ぐんだ。  そして、シナビレッジはいつものように静かに夜が更けていくと思われた。だが、その頃、山小屋ではとんでもない事が起きていた。村人はその事を全く知らなかった。
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