エピローグ 「私」が知らなかった真実

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エピローグ 「私」が知らなかった真実

     顔に絶望の色を浮かべた一人の男が、パソコンを閉じて、店から去っていく。  あの様子では、ただ帰るだけでなく、もう小説投稿という趣味自体をやめてしまうのではないだろうか。  斜め隣の客が立ち去る様子を、視界の隅で確認して……。  深緑色スーツの男は、ニヤリと笑いながら、スマホを耳から離した。  最初から繋がっていない、ただ通話中のふりをしていただけのスマホを。 「フフフ……。これで、また一人、『Jeder Stern』ユーザーを減らせたぞ」  独り言を口にする、緑スーツの男。  先ほどの客は、彼を『Jeder Stern』サイト側の人間と思い込んだようだが、それは男の演技に騙されただけ。  実際には、緑衣の男もまた、『Jeder Stern』ユーザーの一人だった。  ただし、彼が『Jeder Stern』に登録していたのは、半年前の一時期に過ぎない。短編コンテストに応募するために登録して、そこで落選した時点で、彼は退会していたのだった。  緑衣の男が書いた小説は、先ほどの客の作品とは異なり、本当に駄作だった。『Jeder Stern』ユーザーからも評価されず、ようやく一つだけついた感想も、言葉を濁しながら短所を羅列するものだった。  自己評価の高かった彼は、怒り狂った。 「たまたま俺の作品を読んだユーザーが、頓珍漢な価値観だったに違いない!」  サイト内の投稿作品を確認すると、彼が読んでも面白いと思えない作品が、読者からは高評価されている。それに対しては、 「こんなの、ユーザー同士の交流でポイントを入れ合ってるだけだ! 『Jeder Stern』は、作品が真っ当に評価されないサイトだ!」  と決めつけた。  コンテストに関しても同様だった。 「俺の作品が落選するのだから、真面目に審査されてないに違いない! 最初から出来レースだったのだ!」  という思い込みで、自分自身を納得させようとする。  結局、彼の中には、『Jeder Stern』に対する怒りと憎しみだけが残った。  いっそのこと『Jeder Stern』運営会社に殴り込みをかけてやろう、とすら思ったが、彼は武力や暴力には自信がなかった。インターネットで悪い噂をばら撒いてやろうと考えて、いくつかの掲示板に「『Jeder Stern』のコンテストは出来レースだ!」と書き込んでも「妄想乙」と流されるだけだった。  そのうちに、彼は気が付いた。喫茶店やファミレス、ファストフードなどでパソコンやスマホを使っている客の中に、『Jeder Stern』ユーザーが大勢いることに。  チラッと覗き込めば、『Jeder Stern』のサイトを開いているのが確認できるのだ。  今日も、その一例だった。喫茶店で『Jeder Stern』投稿用らしき小説を書いている者の横を通りかかったので、その近くに座る。そして、わざと大声で「自分は『Jeder Stern』の関係者だ」「『Jeder Stern』のコンテストは出来レースだ」という話を聞かせる。  これで、先ほどの客は『Jeder Stern』をやめるに違いない。それだけでなく、『Jeder Stern』の悪評を、彼の口から吹聴してくれるかもしれない。悪い噂が広まることは、ユーザーが一人退会する以上に、『Jeder Stern』にとって痛手になるはずだ。  先ほどの客こそ本当の被害者だが、他人の立場を(かえり)みないのが、頭のネジの外れた人間なのだろう。  こうして緑衣の男は、逆恨みの復讐鬼と化して、今日も明日も、地味な嫌がらせを続けるのだった。 (「緑衣の復讐鬼」完)    
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