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緒方蔵平には、もう意識がない。
……と、誰もが思っていた。
医師もそう言って、見放している。病室のベッドに横たわるこの患者は、口と腕に管をつながれ、意識不明のまま、死ぬのを待つばかりだ、と。
だが本当のところ蔵平は、目をあけられず、身体を動かすことができないまでも、耳だけは聞こえているのだった。
もちろん、息子の浩一郎と、三番目の妻の彩乃が、見舞いと称してやってきては、個室をいいことにいちゃつく様子も、ちゃんと聞こえていた。
――だめ、だめよ、浩一郎さん。
――いいじゃないか。ぼくはもう我慢できないよ。
――だめったら。
――彩乃さん。
――もう、悪い子なんだから。お願い。ほかのところで、ね?
そして、そのあとのふたりの、うふふふ、という甘やかなひそひそ笑いさえ、聞き取れるのだった。
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