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◇◇◇
「ご臨終です」
蔵平が横たわるベッドのかたわらで、白衣を着た医師がそう告げ、腕時計を見た。
午後八時二十三分。
小柄な四十前後の医師は、カルテに死亡時刻を書きはじめた。
そのときだ。
「うわっ」
ふだんは冷静な医師が、目を見開いて叫び声をあげた。驚きのあまり、手にしていたカルテとボールペンを取り落とした。
医師だけではない。まわりにいたふたりのナースも、浩一郎も、彩乃も、ギャッと叫んで、身体をおののかせた。
ベッドの上に、たったいま死んだはずの蔵平が、すっくと半身を起こしていたのだ。恐ろしい形相で、かたわらの息子と妻をにらみつける。自分の手で、のどに突っ込まれた挿管も、腕に刺さった点滴の針も、乱暴に引っこ抜いた。
「ま……まさか……あんたも、十五分のくちか?」
医師がふるえる声で問うた。少し前、応援に行った病院で、死者が動くのを見ていたのだった。特殊な仕組みを使って、そのようなことが可能になったのだ、という説明も聞いていた。
蔵平はそれに答えるかわりに、医師に目を向け、唇の端をつりあげてニヤッといやらしく笑った。
それからすぐに息子たちに視線をもどした。
「きさまら、思い知らせてやる!」
生きていたときと同じ、人々をふるえあがらせるだみ声が、病室に響きわたった。
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