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蔵平は一秒も無駄にしなかった。ベッドの上に立ちあがりながら、そばの点滴用のスタンドを握った。うおお、とうなり声をあげ、スタンドを逆さにふりかぶり、彩乃のほうに飛びかかる。
そのままいけば、スタンドの重い台座が、彩乃の頭を砕いていただろう。
それを防いだのは浩一郎だった。
「やめろっ」
横から、まだ宙にある蔵平の身体に体当たりしていた。
スタンドが蔵平の手をはなれ、派手な音をたてて壁にぶつかり、床を跳ねた。蔵平と浩一郎は、もつれて床に転がり、組みあった。
「くそぉ、この恩知らずめ。殺してやる」
「殺してやりたいのは、ぼくのほうだ。母さんは、あんたに見殺しにされたんだ。毎日暴力をふるわれたあげく、病気で苦しんでいるのに、救急車も呼んでもらえなかった」
「ふんっ、少しは悪いと思うから、お前を養子にしてやったんだ。あのとき、冬空に放りだしてもよかったんだぞ。その恩も忘れて、女房といちゃつきおって」
「彩乃さんだって、親の借金のかたに、あんたが買い取ったようなもんだろ? 人をなんだと思ってるんだ」
「うるさいっ。親に対して、その口のききかたはなんだ。お前などっ……」
遅ればせながら、医師がふたりを止めに入った。やめないか、と怒鳴って、浩一郎に馬乗りになっていた蔵平の背中にとりついたのだ。
だが、あっさりと弾き飛ばされた。壁に後頭部をぶつけ、うっ、とうめく。
ナースのひとりが医師に駆けよった。もうひとりのナースは、応援を呼ぶために外へ飛び出していった。
彩乃は病室の隅で身をすくませ、ふたりの取っ組み合いを見つめている。
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