2人が本棚に入れています
本棚に追加
「死ねっ」
「お前こそっ」
浩一郎と蔵平は、床に転がった状態で、互いに互いの首を絞めあった。いまは浩一郎のほうが上になって、蔵平の首を絞めているが、蔵平もまた下からではあるが、浩一郎の首を持ちあげるように絞めているのだった。
ふたりの顔は充血してまっ赤にふくれている。
もはや、ふたりとも息が絶えるかと思われた。
彩乃が悲鳴をあげようとした。
そのとき、ふいに――。
本当にふいに――。
蔵平の手がゆるんだ。
彼の手は、浩一郎の首をはなれ、重力に従って落下しはじめる。
蔵平は白目をひんむいた。首ががっくりとうしろにたれ、リノリウムの床に当たって、にぶい音をたてた。
「あ……」
浩一郎は我に返って手をはなした。
蔵平の首が支えを失って斜めを向き、それきり動かなかった。うらめしげに目を開いたその顔には、もう生気がない。
「ああ……」
浩一郎はもう一度うめいた。信じられないものを見るように、自分の両手の手のひらを見おろした。
「ぼ……ぼくが、殺した……のか?」
病室のなかに沈黙がおりた。空気が張りつめている。
風船のように張りつめたそれを破るように、医師が声をかけた。
「いいや、そうじゃない。この男は先ほど、もう死んでいたんだよ」
浩一郎がふり向くと、医師がようやく起きあがっていて、壁の時計を目でさし示した。
八時三十八分。
蔵平が死んでから、十五分がすぎていた。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!