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7.お迎え
今、真理はぐったりと倒れて動かなくなった祖母を見下ろしている。ピクリとも動かないのを確認すると唇の端に笑みを浮かべ119番した。電話を切ると自室からビニール袋に入った錠剤を持ってきて祖母の薬瓶に入った中身と入れ替える。ここ数か月祖母が飲んでいたのは心臓の薬じゃない。ただのビタミン剤。形状がよく似ているから気付かなかっただろう。医者嫌いの祖母は精密検査を進める医師の言葉を無視し薬を飲むだけだった。病状は相当悪化していたに違いない。それにこの暑さ。いつ発作が起きてもおかしくないところにカッとなって血圧が一気に上がったのだろう。
「すぐにカッカするからいけないのよ。それに塩分取り過ぎたかなぁ。お婆ちゃん味の濃いもの好きだったもんね。真理、毎日頑張ってお婆ちゃんの好物作ったもん」
中学になってから真理は祖母の食事を作るようになった。花嫁修業と称して祖母が命じたのだ。真理は塩分たっぷりの食事を作ってやることにした。心臓が悪い人は塩分は控えないとダメなの、と母に聞いたから。
「しかしこの部屋は暑いなぁ。エアコンつけないから熱中症にもなってたんじゃない?」
真理は床に落ちた白檀の扇子を拾い上げパタパタと祖母に風を送る。白檀の香りがふわりと漂った。
「ああ、この匂いともさよならだ。もうすぐお母さんが来るの。ようやくお迎えが来るのよ。でも大丈夫、お婆ちゃんにも迎えが来たから」
外から救急車のサイレンが聞こえる。真理は扇子を床に放った。
「でも救急車、ちょっと遅かったかな」
――先に別のお迎えがきちゃったみたい。
了
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