2.母、突然の事故

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 夫の将司(まさし)とは職場で知り合った。当時私は看護師をしており盲腸で入院してきた夫と知り合いその後交際に発展。付き合って三年後、私が二十七歳、将司が二十九歳の年、結婚した。もっと早くにプロポーズされていたのだが彼の両親に猛反対され説得に時間がかかったのだ。  彼の実家は資産家で義父は貿易会社の社長をしており夫もその会社で働いていた。周りからは玉の輿だと羨まれたがそんなものちっとも嬉しくない。彼と結婚できるのは嬉しかったが彼の実家にはどうにも馴染めそうになかったから。私は両親を早くに亡くし叔母に育てられた。そうした境遇を彼の両親は気に入らなかったらしく事ある毎に「これだから育ちの悪い娘は」と揶揄された。それでも夫はちゃんと私のことを守ってくれたし義両親と同居することもなくほどほどの距離を保ち平穏に暮らしていた。  結婚して翌年、子供を授かった。ところが孫の顔を見た祖母は吐き捨てるようにして「跡取りも産めない役立たず」と罵った。夫は激怒ししばらく義実家とは音信不通になる。ようやく平穏な暮らしが訪れたと思った矢先、祖父が亡くなった。ここから全てが壊れていく。  義父は暴君で妻である義母をまるで召使か何かのように扱い、いつもしかつめらしい顔で酒ばかり飲んでいた。ところが義母はそんな扱いに憤るわけでもなく喜々として夫に従っていたように思う。そういう生き方しかできない女性なのだろう。彼女は夫を亡くすと全てを失ったという喪失感から徐々に壊れていった。 「お父さんがね、帰ってきてるの。将司も戻ってきなさい」  義母は息子に電話をかけてはそんな話をした。毎日毎日。夫は最初私にそのことを黙っていたがある日ぽつりとこう漏らした。 「母さん、ちょっと様子がおかしいんだ。死んだ父さんが部屋にいるとか言い出して。何日か実家に戻って様子を見てきてもいいかな」  何だかひどく嫌な予感がした。夫を行かせてしまったらもう二度と戻ってこないような、そんな予感。それでも母を案ずる彼の気持ちを蔑ろにするわけにもいかない。私は了承し、翌日からしばらく夫は実家に戻ることになった。最初は数日、という話だったのだが夫はなかなか戻ってこない。ある日業を煮やしていつ帰ってくるつもりなのかと問い詰めると夫はその晩一旦帰宅した。
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