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「あなた、どうしたの?!」
帰宅した夫を見て愕然とした。頬がこけ、虚ろな目をしている。吐く息は酒臭い。お酒なんか飲む人じゃなかったのに。
「どうもしない」
不機嫌そうにそう答えるとはしゃいで近寄った娘の真理を邪険にはねのけ冷蔵庫からビールを取り出した。
「あなたってば。いったい何があったのよ」
「飲まなきゃやってらんないんだよ!」
その夜、深夜まで夫は酒を飲み続けそのまま気を失うようにして眠った。翌朝、少し酒が抜けたのかようやくいつもの夫らしい表情でぼそりと言う。
「いるんだよ、あの家。父さんが」
父さんというのは亡くなった祖父のことだろう。私は両手を口にあて叫び声を呑み込んだ。
「じわじわと俺の体に父さんが入ってくるような気がするんだ。俺、普段酒なんか飲まないのにさ、無性に酒が飲みたくなって。気付けば目の前にはニコニコしながらお酌をする母さんがいる」
「お義父さんが……入ってくる?」
ぞっとした。あの家で一体何が起こっているというのだろう。
「母さん見てると何だか苛々してさ、つい当たり散らしちゃうんだ。そうすると『嗚呼、あなたおかえりなさい』って母さん喜ぶんだ。おかしいだろ?」
引き攣った笑みを浮かべる夫。私はもう実家には行かないでくれと懸命に止めたが聞き入れてはもらえなかった。夫はそれからも実家に入り浸り、おそらく毎日浴びるように酒を飲んだのだろう。肝臓を悪くして突然倒れ短い入院期間を経て亡くなった。昨年の冬のことだ。夢の中で私は真理を抱きしめこの子だけは絶対に守るのだと心に誓っていた。
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