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「あら、まだ寝てらっしゃるのかしら、悦子さん」
ねちっこい声でハッと覚醒する。過去と現在が入り混じり記憶が曖昧になる。私を見下ろしているのは、誰?
「悦子さん? 頭までおかしくなっちゃったのかしら。私の大事な息子を殺しておいて自分までこうして迷惑かけて」
義母だ。勝ち誇った顔で私を見下ろす義母。ああ、義実家の匂いがする。義母は白檀の香りが好きでよく香を焚いている。その匂いだ。私はどうにも好きになれない。
「お義母さん……。娘の真理を預かってくださったそうで申し訳ありません。退院したらすぐに迎えに行きますので」
あらやだ、と義母は嗤う。
「そんな体で子供の面倒なんてみられないでしょ? それにこれから先どうやってあの子を養ってあげるんです。そんなんじゃろくに仕事だってできやしない。私たちからの援助も財産も何もいらないと大見え切ったわりには、ねぇ」
そう、私は夫が亡くなった後、義実家からの援助を断った。息子が亡くなったとなれば唯一血のつながった孫である真理を取り込もうとしてくるのは火を見るよりも明らかだったから。
「将司さんが遺してくれた貯金もありますし体がよくなれば仕事に復帰だってできます」
言い募る私を見て義母は嘲笑った。
「やだやだ。そんな貯金なんてすぐに無くなるわよ。娘に不自由な生活させてもいいの? 第一、あなた今どんな状況かわかってないでしょ。命が助かったのが不思議なくらいなのよ。当分ひとりで歩くこともできない。子供の面倒みるなんて無理よ」
確かに当分体を動かすこともできそうにない。それは義母の言うとおりだ。私は唇を嚙んだ。私には頼ることのできる両親もいない。
「と、いうわけで真理は家で引き取ります。いいわね?」
いいわけなんてない。私は急いで体を起こそうとして再び訪れた激痛に呻く。
「ほぉら、起き上がることもできない。じゃあ何? あの娘を施設にでも入れるってわけ? 家に来れば何不自由なく生活できるっていうのにねぇ。母親のエゴで苦労させられるなんて、可哀想な真理ちゃん」
血がにじむ程強く唇を噛みしめた私は声を絞り出すようにして言った。
「私の、私の体が回復するまでどうか真理の面倒を見てやってください」
「嫌よ」
私はまじまじと義母の顔を見る。さっき面倒みると言っていたではないか。
「今だけ面倒みろなんて都合のいいこと言わないでちょうだい。あんたは私から将司を奪ったの。代わりにあの娘をもらうわ。これから先ずっと私の家で暮らすかすぐに施設に入れるか、ふたつにひとつ」
こうして真理は義実家で暮らすこととなる。悔しかった。必ずいつか迎えに行くから、と心に誓い私はリハビリに励んだ。事故から数か月後、私はふとあることを思い出す。そう、事故に遭った時、私は誰かに背中を押されたような気がする。そしてあの時ふわりと漂ったのは……白檀の香り。
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