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5.真理、中学三年の夏
「真理、ちょっとおいで」
孫の真理が帰宅すると祖母がリビングから声をかけた。エアコンは体に悪いからと窓を開けて扇子をパタパタと動かしている。今日はやけに蒸し暑い。
「何?」
真理は興味なさげにリビングのソファに腰かける。テーブルの上にはA4サイズの封筒が置かれていた。
「開けてみなさい」
軽く眉間に皺を寄せ、封筒を手繰り寄せる。入っているのはどうやら見合い写真だ。
「私まだ十五歳なんだけど」
そう言いながら見合い写真を開く。そこに写っていたのはでっぷり太った中年男性。頭の生え際もかなり後退している。どう見ても三十代後半か四十代だ。真理は鼻先で笑う。
「何、これ」
写真をテーブルに放り投げ足を組んだ。いつも従順な真理が人が変わったかのようだ。祖母は驚きと怒りで顔をどす黒く染める。
「真理、何てことするの! せっかくお婆ちゃんがお似合いの相手を見つけてやったっていうのに!」
「はぁ?! バッカじゃないの? 何で私がそんな化物みたいなのと結婚しないといけないのよ」
祖母は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「何言ってんの! この人はあんたの父親の従弟なのよ!」
突然真理は噴き出した。狂ったような哄笑が部屋中に響き渡る。
「あぁ、おかしい。そんなに父さんに似た子供が欲しいなら自分が産めばいいじゃない」
ニタニタと嗤う真理を見た祖母は今度は蒼白になった。
「あんた、何か今日は様子がおかしいんじゃないの?」
「別にぃ? はい、お婆ちゃん結婚おめでとう。アハハ」
「真理!」
突然立ち上がった祖母の顔から表情が消える。そして数秒後、胸を押さえて倒れ込んだ。
「ま、真理、救急車を! は、はやく」
真理は一瞬立ち上がり苦し気に呻く祖母を上から見下ろした後、再びどかりとソファに座り直す。祖母は信じられないものを見ているかのように顔を引き攣らせた。
「は、はやく、電話を」
「はいはい、電話ね」
真理は立ち上がり電話をかけ始める。祖母の顔に安堵の表情が広がった。だが次の瞬間、祖母は自分の耳を疑う。
「ああ、うん、お母さん? 私、真理」
「お母さんだって?! お前今どこに電話をっ……」
そこから先は言葉にならない。薄れゆく意識の中で祖母は考える。一体何がどうなっているのか、と。だがその答えを知ることは永遠になかった。
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