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奇妙、というのはああいう人のことを言うのだろうか。
街中のカフェテリア、その窓際の席に座っていて雑多な往来をなんとはなしに見ていると、ふっとある人に目が惹かれた。
最初は何が目を惹くのかわからなかった。でも直ぐに違和感に気がついた。
大通りの向こう側で信号待ちをする、グレーのパーカーを着たふたりの男性。顔かたちもそっくりで、一方はイヤホンを耳に入れてスマホを見ている。危なっかしいが、よく見る光景だ。
もう一方は、スマホを見ている男性を見ていた。いや、見ているというのは、生ぬるいかもしれない。最初はスマホの画面を覗き込んでいるのかとも思ったが違う。注視、いいや、もっと執着的な感じでーーイヤホンをしている男性だけを見ていた。
信号が青に変わる。
スマホを見ていたイヤホンの男性は顔をあげ、大通りを歩き出した。もうひとりも歩き出す。だがイヤホンの男性はもうひとりと連れ立って歩いているようには見えない。
むしろ双子やーー少なくとも兄弟知人なら、あんな歩き方をしないだろう、もうひとりの男性がまるでいないかのようなそんな歩き方を。
一方、もうひとりの男性は、ぴったりとイヤホンの男性に寄り添うように歩いている。あんな歩き方をしていると、すれ違う人のひとりやふたり、振り返りそうなものだけれど、誰も目をくれない。往々にして都会ではよく見る光景だとでも思うのだろうか。でもーー。
ふと、その男性が顔をあげる。私の視線に気づいたかのように。その瞬間、ぞわりと嫌な感じに背中が総毛立った。
イヤホンをしている男性の瞳はこの国でよくある色なのに、その人は金色の瞳をしていた。それ以外はイヤホンをしている男性と瓜二つなのに、奇妙にも人混みから浮いて見える。
色がない、もっと言えば生きている感じがしないーーそうとさえ直感的に思える何か。畏怖、恐怖そんなものを感じさせる視線。
思わずぎゅっと目を閉じた瞬間。
「僕が見えてるの?」
びくりと心臓が跳ねた。振り返るとその男性がいた。
あの大通りからどうやってこのカフェテリアに入ってきたのだろう。カフェテリアの入口にはドアを開けると鳴るベルがついている。でもベルは鳴らなかった。第一、どうやって一足飛びに窓の向こうからここへーー。
混乱状態の最中、 金色の瞳とかちりと視線が合う。間近で見てもその人はやっぱり奇妙で、心臓がどくどくと嫌な音を立てた。
だって危うく誰かに背中を押されたら、お互いにくっついてしまいそうな距離まで顔が近づいているのに、周りの人は私達を見ないーーそう、見ない。
私が何も答えずにいると、彼はくすりと笑った。さっきの問いの答えはもう視線が合ったことでもらったとでも言うように。
「ああ、返事はいいよ。したところで、お姉さんが独り言を言う変な人って思われるのがオチだからね。……でも珍しいな、僕らが見えるのは大抵ーー」
彼が続けた言葉に私が目を見開いているうちに、彼の視線が私から私の後ろ、窓の向こう側に移る。彼とそっくりの男性の動きを追うように。
「それでも他人の『それ』が見えるのは珍しいんだけど……それじゃあね、お姉さん。また会う日があったら楽しみにしているよ」
彼はひらりと手を振って、私が瞬きをした一刹那でその場から掻き消えた。
その数秒後。
ーーキィイイイ、ドンッ。
耳を劈くような嫌な甲高いブレーキ音、鈍い衝突音、悲鳴。
パッと窓を振り返ると、車と人の衝突事故が起きていた。騒然とした光景が目の前に広がり、思わず息を呑む。
跳ね飛ばされた人は、イヤホンをしていたあの男性で、道路の真ん中で弱々しく腕をあげていた。助けを求めているのか、それとも。
ふと、イヤホンをしていた男性に近寄った人がいた。
それはあの金色の瞳の男性だった。生々しい事故現場でひとり彼は平然と佇んで、その光景は全くもって静かで平坦で、似つかわしくなかった。
彼はまるで紳士が淑女にそうするように手をイヤホンの男性に差し伸べた。イヤホンの男性の持ち上げられた腕が、手が、そこにぽんと載せられる。
そこで私がぱちりとひとつ瞬いた瞬間に、彼の姿はもうそこにはなく、イヤホンの男性がそこに横たわっていただけだった。
けれども、その腕はぱたりと地面に落ちる。それと入れ替わるように誰かが呼んだ救急車が到着する。
ーーそれ以上の光景は見ていられなくて、私は足早に店を出た。
◇◇◇
電車を降りて、ホームから階下の改札口へ向かう。休日だが、さほど人はいない。
階段を降りている最中、その階下にいた人を見て私の心臓が本日2回目、またも跳ねた。
ーー今日の私の服装、私とそっくりで瓜二つの顔立ちで、その瞳の色はーー。
ズッとヒールが滑る嫌な感覚がし、視界がくるりと回った瞬間、あの男性の言葉が蘇った。
『僕らが見えるのは大抵、死期が近い人なんだよ。なんでって、僕らはーー』
ああ、ああ、そういうこと。そんなのファンタジーやフィクションの中だけの話だと思っていたのに。
男性の言葉の意味がわかった瞬間には全身を激しい痛みが襲って、視界が乱回転し、まばらにいた人が悲鳴をあげたのが耳に届いていた。
点滅する視界には駅の天井。そこへ私に瓜二つのその人が入ってくる。
何かを言いたいのに、何も出てこない。息をする度、背中が胸がギチギチと痛んで。
その人がすっと手を差し伸べた。その手を取る前に、声が出なくても問いたかったことを口にする。
ーーあなた、死神なの?
その人は私の問いに頷いた。男性の言葉の続きがどこからか木霊する。
ーーなんでって、僕らは死神ドッペルゲンガー。
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