17階

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17階

■1  電気、ガス、水道すべて普通に利用できる。この日はとりあえずご飯を電子レンジで温め、レトルトのカレーを湯煎しカレーライスを食べた。料理もできるようだが面倒なので普段からあまりしない。泊まるには十分だが他には何もなく暇だ。テレビもないしスマートフォンも利用できない。観光の本でも見ていたいが車に置いてきてしまった。クローゼットの中を探ると何やら健康管理の本のようなものがある。しかし興味がなく読む気がしない。ベッドに横になり、天井を見ながら思いにふける。    少しすると猫が寝室に戻ってきた。猫は何も言わず奥のクローゼットに上り、足で耳のあたりを掻き始めた。  「ねえ、君はここに住んでいるの?」  「・・・」  「ねえ、あのさ、この塔ってどうなっているの?」  「・・・」  「ねえ、この塔って何階まであるのさ?」  「いろいろ聞くな。そんな事いいだろ。」  「いいって。だって、気になるじゃないか。」  「教えられないし、俺も知らない。」  教えられない・・か。猫から目をそらし、また考え込む。  「この塔は44階建てだ。」  「えっ」  44階だって。この猫何を言っているんだ。そんな塔があるわけない。いやそれよりも今は2階で44階までってことは、  「じゃあ、あとミッションは42個しなければならないの?」  「いや。そんなにはないはずだ。今、17階だ。」  もう苦笑しかでない。ベッドから降り、窓のほうへ行く。  「これ開けられるの?外を見ていい?」  「ああ。いいぞ。」  どう開けるのかわからず手探りでレバーのようなものを適当に動かしていると窓は横に少しだけスライドした。スライドした先はまたガラスになっていてそれは開かないようだ。脇からは薄い雲と雲の隙間ある星が見える。都会から見る星に比べとても明るい。下のほうを見ると黒い森林や山々が見える。本当に高い位置のようだ。扉を開けたまま、またベッドに戻る。    何を聞いたって つっけんどん なあの調子だ。もう疲れているしやることもないし寝ようかと思っていると猫から話しかけてきた。  「お前。名前は?」  「え、名前?町田。町田伸之。」  「お前はこんなところで何をしているんだ。」  「何をしているって、一人旅さ。ちょっと仕事に疲れて・・。」  「旅ならもっと別のところに行けばいいだろう。こんな何もないところになぜ来た。」  「場所なんてどこでも良かったんだ。仕事とか人生に疲れて、ただ一人になりたかったんだ。自分がどう生きていけばよいかわからなくなって。自分探しの旅ってやつかなあ。」  「じぶんさがし?なんだそれは?お前はそこにいるじゃないか。何を探すと言うんだ。」  可愛らしい声だが、馬鹿にされている気がして少しつむじを曲げる。  「猫にはわからないよ。人は生きる意味を見失うことがあるんだよ。」  「お前たち人間は住む場所だって食事だって何の不自由もなく生きているだろう。何にそんなに困るんだ。」  「人間関係とかいろいろ大変なんだよ。」  「生きるのが苦痛なくらいにか?」  「あ、ああ、そうさ。」  「そうか。そんなに生きるのが辛いならドリームボックスで安楽死したらどうだ。」  耳を疑い、猫のほうに身を傾むける。  「えっ。なんだって? あ、安楽死だって?」  「そうだ。お前たちが開発したんだろ。毒殺や撲殺だと心理的に苦痛だからって。炭酸ガスで気持ちよく夢の中に落ちていくように死ねるんだろう。それを使えばいいじゃないか。」  なんてこと言い出すんだ。安楽死だって。ドリームボックスなんて聞いたこともない。  「知らないのか?まあ俺も知り合いから聞いただけで実際に見たことはないんだが、毎日20から40匹くらいの犬、猫がそこに入れられるって話だ。小さな仏壇みたいなところに線香をさし係員が拝むのが合図で、密室に入れられてシューってガスが出てきて、数分後にはみんな永遠に夢の中だ。あとは火葬されるって話だ。」  「それって、殺処分のことか?」  「そうだ。なんで知らないんだ。お前たち人間が全員で金を集めてやっている事だろう。」  金を集めて・・・だって?いや、知らない。 ■2  猫は表情からはわからないがあきらかに軽蔑しているかのようにこちらを見ている。後ろ足で首筋をシャカシャカと掻くとまたしゃべり始めた。  「俺にそのことを教えてくれた知り合いは人間に2度捨てられたんだ。1度目はある家族にペットショップで買われたんだが、暴れるだの、問題行動を起こすだので嫌になったらしく引き取ってもらえる施設に預けられた。そこでドリームボックスは見たと言っていた。そこは犬を猫もとても狭い場所で生活していた。餌はくれたし、糞尿の掃除もしてくれたから赤ん坊の時に比べたらマシだって言ってたけど。毎日、みんな助けてくれって泣いて叫んでいた。自分もいつ殺されるんだろうって毎日が不安で一緒になって叫んでいたと言っていたよ。」  なんか聞いていて切なくなってきた。  「暴れることや、問題行動って、猫だったら少しはあることなのにすぐ捨てるなんて。」  「『かわいい』と思って衝動買いする奴が多いんだ。それで、飼ってみると飼いきれなくなって捨てる。特にその知り合いは、生まれてから45日くらいで親元から離れて売りに出されたって言っていた。自分がどうなるのか不安で不安でしょうがなかったと言っていたよ。」  親元かあ。ペットショップには小さくてかわいい犬、猫が並んでいるがもちろん親がいるんだよなあ。考えたことなかった。  「その知り合いの赤ん坊の時ってそんなにひどかったの?だってペットショップの人が面倒見るんでしょ。」  「違う。ペットショップは仕入れて売るだけだ。赤ん坊を育てるのはブリーダーって呼ばれる人たちだ。」    猫はその知り合いが語った内容を教えてくれた。    産まれて目が見えるようになった時、辺りを見渡すと、狭い部屋に小さな格子状の檻が何段にも重ねられ、犬、猫たちはそこに入れられていた。一つの檻に数匹入っている場合もあった。私もお母さんと他の子達と一緒に檻の中にいた。檻は下も格子状になっており糞尿をするとそのまま下に落ちるようになっていて、周囲にはいたるところに糞尿が飛び散っていて部屋は強烈なアンモニア臭が充満していた。ほとんどの犬、猫が、檻の中で生気を失い、うずくまって静かにしていた。薄暗く狭い部屋の一部だけが異様に明るく、大人の猫がずっと光を当てられていた。私のお母さんはもうよぼよぼで痩せこけていて元気もなく、それでも私たちに母乳を与えてくれた。お母さんはたまに良く期限が悪くなり私たちにかみついたりすることもあった。周りの犬、猫達を良く見ると、毛に糞尿がつき毛玉になっているもの、毛を掻きむしっていて剥げた肌から流血しているもの、足を引きずっているもの、くしゃみ、鼻水が耐えないものがいた。毎日のように病気で死んで行くものがいた。そこの飼い主は死体をそのまま冷凍庫に入れて保管していて、数日に1度、別の業者がそれを引き取りに来ていた。  たまに、また別の業者らしきものが来てその業者に大人たちが引き取られていった。その大人たちはもう子供を産める見込みのないものたちだった。その業者には金の受け渡しをしていた。  子供たちは母乳から離れるとすぐ、親元から無理やり引き離されてどこかに連れ去られていった。あとで私たちが売られることが分かった。そのブリーダーは「まあ少し小さいが、50日って言ってもばれないだろう。小さいほうが高い値が付くからなあ。」などと言っていた。  小さな箱に入れられて連れて来られた先は、多数の子犬、子猫、そしてそれを買いに来る人たちがいた。暗い中で長い間ずっと閉じ込められていたため、一緒に移動していた猫の中にはすでに死んでしまっているものもいた。そこでは順番に私たちが画面に映し出され、それを買いに来た人たちが見ては何やら慌ただしく動いていた。値段を決めているらしい。幸い私には高い値がついて小さなペットショップに引き取られることになったが、別のものの中には値が付かないのもいて、その後どうなったのかはわからない。    また、狭いところに閉じ込められ車で移動し、ようやくペットショップに着いた。そこでガラス張りの部屋に飾られて数日生活した。餌ももらえたし掃除もしてくれたから産まれ育った場所に比べたら少しはマシになった。それから数日後にある家族に買われ広い家で生活するが、それも束の間、またその数日後に別の場所に引き渡され、そこで順番に他の犬、猫が殺処分されていく光景を目の当たりにした。広い家で生活した数日は、とても良かったが不安や寂しさは常に感じていた。    別の場所ではもう死ぬ運命しかないと感じ地獄のようだったが、また幸運にも別の家族が私のことを引き取ってくれることになって死なずに済んだ。しばらくの間、その家族と一緒に過ごした。一つ目の家庭と同じく最初は怖くて仕方なかったが、その家族はみんな優しくしてくれて徐々に慣れ生活することができた。外には出してもらえず、独りぼっちの時間も多々あった。それでも幸せだった。それなのに、またその家族が引っ越すことになり、引っ越し先のマンションはペット禁止だとのことで私は捨てられることになった。「自治体に預けると殺処分される運命でかわいそうだから・・・。」などと言いながら、夜な夜な川沿いの木が生い茂る小さな公園に放置され、家族は去って行った。    「・・・と言っていた。そこで僕は彼女と知り合った。純血種のきれいで可愛らしい雌の猫だった。」  「なんだか切ない話だなあ。」  僕は本当に切なく思いため息をついた。それを聞いた猫はまた軽蔑しているかのような態度で  「みんなお前ら人間がしていることだ。なぜ知らないんだ。」  と小声で言った。  「そのブリーダーが言っていた50日っていうのは何か決まっているのかい?」  「法律で決まっているらしい。それくらい親元で生活させないと子供の社会性が身につかず問題行動を起こす場合があるからって。あと40日くらいで母乳離れすると、子供は母乳に含まれている免疫が得られなくなりウイルスに弱くなるので、母乳離れして何日かしたら一般的には予防接種をし抵抗力をあげてから売りに出すのがルールらしい。でもそうするとその数日間餌代などで出費がかさむし、犬、猫は小さいほうがかわいく高く売れるから売れなくなるし、という理由で、誕生日を偽って早く出荷するところがある。その知り合いも、『自分も早く出荷されたのに明らかに自分より小さいのがいた』と言っていた。」    あまり考えたことがなかった。でも当然商品として売られているのだから生産、入荷、出荷、在庫って話になるのだろう。  「長々と話してしまったな。もう寝る。」  そういうと猫はクローゼット上の奥のほうに行き丸まった。しばらくの間、僕は複雑な気持ちで寝れなかった。 ■3  ふと目を覚ました。窓から光が差し込んでいる。もう朝なのか。トイレに行き、顔を洗い、冷蔵庫に何か食べ物がないか探す。ふと、そういえばこの不思議な塔の17階に居ることを思い出す。クローゼットの上を覗き見るが猫はいない。部屋は昨日のままだ。外を見ると辺り一面大自然の広大な景色を見下ろせた。真下にとても小さな湖のようなものがある。あれが玉沢ダムなのだろう。太陽を浴びきらきらと光っている。    適当に朝ご飯を食べていると猫が戻ってきた。  「おい。そこにある魚の絵のかいてある缶詰開けてくれ。」  餌か。命令口調が癇に障る。缶詰を開け与えると猫はすかさず口にくわえ、走ってクローゼットの上に移動し、くちゃくちゃ食べ始めた。二人ともしばらく無言で朝ご飯を食べる。    食べ終えた猫が下に降りてきた。  「さあ、課題だ。準備ができたら来い。」  そういうと、猫はミッションの部屋のほうへと去って行った。僕も着替え身支度をし、部屋を出る。すると猫はクローゼットの上で手をペロペロ舐めながら顔を洗っていた。  「ねえ、君は名前はあるの?」  「ない。」  夏目漱石の小説のようだと微笑する。  「名前、つけてあげようか?」  「いらない。」  ふんっ。少しふてくされる。  「いいじゃないか。名前があったほうが呼びやすいだろ。トゲゾウってどうだ。」  なんか、ずっとつんけんしてて、トゲトゲしいからいいだろう。スーパーマリオに出てくるキャラと同じ名前だ。  「勝手にしろ。」  「じゃあ。トゲゾウなあ。よろしくなトゲゾウ。」  「じゃあ、準備ができたら行って来な。」    そうか。ミッションか。昨日からの流れで、気味の悪い目には合わないだろう。とりあえず行ってみるか。一つ深呼吸し、正面の襖を開ける。  昨日と同じく暗い部屋に一部明かりの照らされている机がある。紙にはこう書かれている。  「ミッション:喜ばせ、気に入られよ」  なんだこのミッションは?意味はよくわからないが命の危険性はなさそうだ。少し安心して正面の襖を開けるとまた眩いばかりの光に包まれる。    次の瞬間、恐怖の念に駆られる。真下に自分よりも大きなクモがいるではないか。ものすごくカラフルだ。毒グモか。4つの目でこっちを見ている。僕のほうが少し高い位置の葉の上にいるようだ。自分の形も見てみると腹のあたりや肩のあたりから足が生えている。同じような色だ。僕も同じ種類のクモになったのか。  徐々に近づいてくる。恐ろしい。逃げるか。というか、あれを喜ばせて、あれに気に入られろというのか?どうすれば・・。と思っているうちにクモに飛びかかられ捕まると同時に首元を噛みつかれ熱く刺すような痛みを感じる。  「う、うわあ・・・」    「・・・」  気が付くと和室に横になっていた。すぐに猫を見つける。  「トゲゾウ。ねえ、あれ何さ。いったいなんなの?」  猫は明らかに面倒くさそうな態度で  「知らない。」  と言った。  「知らないって、調べて教えてよ。昨日みたいにさ。」  「どんなんだった?」  「クモ。大きなクモだった。」  「じゃあクモだろ。おまえ馬鹿じゃないのか?」  「いきなり襲われたぞ。同じクモなのに。共食いするのか?」  「知らない。」  「あれに気に入られろってどうすればいいのさ。」  「知らない。お前たちのほうが猫より数倍も頭いいんだから自分で考えろ。」  そういうと猫はまた寝室のほうへ去って行った。    このミッション攻略する術があるのか?なんだって同じ種類のクモなのにいきなり襲われるんだ。  怖い。でも何かしらしないとクリアできない。  「もう一度行ってみるか・・・。」  噛みつかれた首あたりをさすってみる。傷はないが先ほどの痛みがまだ脳裏に焼き付いている。    再度光を浴び、クモのいる場所へ行く。  先ほどと同じだ。丸く黒光りした目がこちらを睨みつけている。またもやこっちにゆっくりと近づいてくる。  駄目だ。何をしてよいかわからない。恐怖とアイデアが全く思いつかないことによる困惑から頭を抱え屈むと、その屈んだ僕を見て目のまえのクモが立ち止まり、少し後ずさりする。何が起こったんだ。  ふと、自分の尻尾が正面を向いていることに気が付く。これを見て止まったのか?なぜ止まったのかはわからない。でもこれがヒントだ。  おしりを左右に振り、横にステップしてみたりする。微妙に大きなクモは反応を示す。  良く理解できないが、さあ気に入ってくれ。  と次の瞬間、またすごい勢いでそのクモは飛びかかってきて、白い糸で僕を固定すると背中のあたりを噛みついてきた。今度は背中に激痛を感じ息ができなくなっていく。  「うっ、ううぅ・・・」    「・・・」  涙でゆがんで見える和室の天井を見つめ考える。少し効果があった気がした。でもどうすればいいんだ。案も浮かばず、先ほどの激痛を思い出し苛立つ。  猫はこの部屋にはいなかった。いったいあれは今何をやっているんだ。気になって寝室をこっそりとみてみた。猫は部屋の中央の座布団の上でこちらに背を向け丸くなって寝ていた。  「ちっ、のんきな奴だ。」  ふとイラっとし、近くに会ったスリッパを猫に投げつけた。スリッパは猫の頭のあたりをかすめ、猫はすかさず反応し、ものすごい勢いでクローゼットの上へ駆けのぼり逃げた。  「ねえ、あれ、何なのさ。ヒントぐらい教えてよ。」  「グルルルルル・・」  猫はこちらを見て、口を開けて威嚇している。駄目だこりゃ。ベッドに腰かけてなんかいい案がないか考えてみる。   ■4  「ギュルルルルル・・」  なんだ、まだ怒っているのか。教えてくれたっていいだろう。あのバカ上司だってそうだ。わからないことがあって聞いても知らないと答え、一緒に調べてくれたりしたことがない。それどころか知ってても自分で考えろって言ってくる。考えてわからないから頼って聞いてるんだから教えてくれたっていいだろう。また思い出し、頭に血が上ってくる。  「グゥゥ。お前ら人間はいつだってそうだ。すぐに無意味に弱いものに向かって八つ当たりしてくる。」  めちゃくちゃ怒っている。確かに八つ当たりは良くなかったと少し反省する。  「ごめんよ。トゲゾウ。悪かった。」  「何が悪かっただ。何も反省してないだろ。そうやって罪もない命をすぐに奪うんだ。」  いや、殺そうなんて思ってない。  「いや、本当に悪かったよ。少しイライラしたんだ。ごめんよ。許してくれ。」  「許すだって。お前はそれで大事な人を失ったら許せるのか?」  「大袈裟だなあ。殺すだなんて。スリッパ投げただけだろ。」  「グルルルルル」  猫は異常な怒りようだ。遠くからでも爪と歯が見える。  「本当に悪かったよ。もう二度としないよ。」  「・・・。本当か?」  「本当だよ。約束する。ねえ、過去に何かあったの?」  少し口もとが落ち着いた。許してくれたようでほっとした。少し間を開け、猫が口を開いた。  「俺の知り合いが、人間に殺されたんだ。」  「えっ」  驚きで瞳孔が開く。  「俺たち野良猫が住んでいる近くの家の車に傷がついたとかで、その車の持ち主が怒り出し数匹の猫が殺された。餌に毒を混ぜてよこしたんだ。俺は食べなかったが、それを食べた数匹の友達は体に不調を感じ間もなく死んでしまった。」  「そんなことが・・。」  「さらにひどかったのがその後だ。死体を足で蹴飛ばしたり、包丁で手足をバラバラにして『死ね』『臭い』『うるさい』だのと叫びながら投げつけていた。俺はなんだってあんな残酷な事が平気でできるんだと心底恐怖を感じたよ。俺と数匹はそいつのことは前から知っていた。何度かナイフのようなものを持って別の猫を切りつけ襲っているのを見ていたからだ。車が大好きで猫が大嫌いだってことも知っていた。」  「ひ、ひどい。」  「そんな事言うが、お前だって知らない猫が自分の車を汚したり傷つたりすればその猫を退治しようとするし、自分の家の近くに糞があればトゲトゲのシート敷いたり薬撒いたりするだろう。」  「まあ、気分は良くないけど僕は殺したりなんかしないよ。」  「野良猫はお前たちが作ったものだ。俺たちは仕方なくそこで生活しているんだ。なのに邪魔者扱いされて、しまいには惨殺されるんだ。」  聞いて悪いことしてしまったと心底思った。確かに人に対してイライラしてスリッパ投げるようなことはしない。猫だからしたのだ。    「昨日話した、知り合いもそれの犠牲になった。」  「えっ」  「彼女は人間の『カワイイ』だの『癒される』だなどのために無理やり生を享け、2度も捨てられ、野良猫で何とか生活していたのに、死体がひどい目にあっているのを見たときは哀れでならなかった。」  悲哀が心を侵す。  「他にも俺はさんざんひどいものを見てきた。夜な夜な大量の犬の死体を穴に埋めて捨てていく奴や、生まれたばかりの子猫を生きたまま川に投げ捨てる奴。どうして人間はあんな残酷なことを平気でするのか。それはお前たちが動物を単なる玩具としか思っていないからだ。たまに面白がって俺たちを追いかけてくる奴がいるが、まだあんなのはかわいいものだ。」  「・・・」  「いいか、はっきりと言っておく。俺は人間が大嫌いだ。」  「いや、本当に悪かったよ。ごめんなさい。」  いつ以来だろう。こんなに心の底から謝ったことなんて久しぶりだ。社会人になって謝ることが多かったが、どこかで俺のせいじゃないって思っていて平謝りばかりだった。 ■5  少し反省しながら落ち着こうと、冷蔵庫からお茶を取り出し飲む。猫にも水を汲んで与えると、意外にもペロペロと平然に飲み始めた。  いつの間にかミッションのことを忘れかけていた。さて、どうしようか。    「お前の言っていたクモはクジャクグモだ。」  水をぺろぺろ飲みながら猫は教えてくれた。  「クジャクグモ?」  「そうだ。繁殖の時期を迎えるとオスはメスの気を引くためにダンスをする。そのダンスをメスが気に入ればカップル成立だが、くだらないダンスをして失敗するとメスはオスを食べてしまう。メスは出産のために栄養を蓄えなくてはならず、繁殖の時期は栄養が足りなくなるので、くだらないオスは栄養源にするんだ。」  「すごいなあ。それで僕は食べられたの?」  「そうだ。お前はくだらないダンスをしたんだろう?」  ダンスも何も、何をしてよいかわからず反復横跳びしただけだ。ダンスかあ。まったく自信がないが意味は理解した。まずはお尻の飾りを見せて、あとは開き直って動けばいい。クモの好みなんてわからないし。  「まあ、気持ちが伝わればいいんじゃないか。」  水をペロペロ飲みながら何を適当な事を言ってるんだ、この猫。    いろいろとやってみよう。そう思って再チャレンジする。  大きなメスは尻尾の模様を見せると一瞬接近をやめる。ここがチャンスだ。  この前かがみの状態でできるダンスなんて、人気アニメの「ケツだけ星人」しか思い当たらない。いろいろとやるしかないと腹をくくり、小刻みに尻尾を揺らしながら左右にステップする。加えていつもはない慣れない足を、雄犬が小便をするときのポーズのように上にあげてみる。どうだ。ちらっと大蜘蛛の様子を見ると、黒く丸い目がじっとこちらを凝視している。興味を持ってくれたか?こんな時に逆さになって脳天で回転するダンスなんかできれば良いのかと思うが逆立ちすらできないのだからやれることをやるしかない。そして思いついたかのように、右手、右足を同時に力強く上に折りたたみみ振り下ろすを繰り返す。そしてきめのポーズ。  「はい。おっぱっぴー。」  さあどうだ。大蜘蛛が近づいてきた。気に入られれば抱きしめられるのか。次の瞬間、また糸でぐるぐる巻きにされ、首元を噛みつかれる。  「だめかあぁぁ・・・」    「・・・・」  和室の天井を見上げ、うなだれる。駄目だ。まったく自信がない。  肩を落とし、隣の部屋に入る。猫は小さな窓から外の景色を眺めている。  「トゲゾウ。駄目だ、このミッション。僕には向いてない。」  猫は軽く振り返ると  「そうか。」  とだけ言った。  「あのさ、これクリアできなかったら終わり、だよね?」  なんだかいろいろと気になることが多く後悔だけが残るが、もし駄目ならもう諦めようそう思っていた。しかし意外な回答が返ってきた。  「じゃあ、少し階が下がるが次の課題に行くか?」  そういうと猫は窓から軽やかに飛び降り僕の横をスーッと抜けて和室のほうへと去って行った。パスしていいのか。ますますこの塔やミッションの意味が分からなくなってきた。   ■6   少し身支度をし、エレベータのある部屋に行くと猫がお行儀よく座って待っていた。  「遅いぞ。では次に行こう。下ボタンを押せ。」  言われるがままに下を押すとエレベータはすぐに開き、中の下ボタンを押すとエレベーターは少し下がり止まった。開いた先の部屋は1階、17階と全く同じ様子だ。  「着いたぞ。12階だ。」  そういうと、猫は相変わらず僕を警戒しながら素早く和室のほうへと去って行った。あんなに「人間が大嫌いだ!」って激高していたのに今は機械的に仕事をこなしている。不思議な動物だ。    「ちょっとお昼まで休んでから次、でもいいかなあ。」  「ああいいぞ。」  「ありがとう。」  そう言って、寝室に入るとその部屋も17階と全く同じ状態だった。昨日あげた猫の餌もそのままの状態だ。いったいこの塔はどうなっているのやら。今更、深く考えても仕方ないと思い、冷蔵庫からジュースと簡単な食事を出して早めのお昼を取ることにした。何だかここ数時間でどっと疲れた。猫はしばらくの間寝室には入って来なかった。昼食を食べたのち、座ったままの状態で少しだけ仮眠を取った。    
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