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上梨小裏サイト掲示板、7月18日からのレス。
126 上梨小ななしさん
夏休み前どうよ。失踪者情報誰かある。
127 上梨小ななしさん
自習と半日ばっか。でも寄り道できんし暑いし暇。夏休み早く始まる感じだけど、何をしろと。
128 上梨小ななしさん
てか、失踪者、どうなん。ぶっちゃけ、生きてるの死んでるの。てか、誰がやったん。
129 上梨小ななしさん
こないだトイレで失踪した子の悪口言ってたやつらいた。ざまみろとか言ってた。すげー恨んでたっぽい。あいつらじゃね。
130 上梨小ななしさん
くわしく。
131 上梨小ななしさん
晒せ。
・・・・・・。
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スマホに指をスライドさせては読んでゆく。夜の闇の中に沈む部屋で、スマホの光だけが青い。その青い光が眼鏡に反射し、痩せた顔の陰影を濃いものにしている。まるでスポットライトのように、スマホの光が彼の顔や手元だけを浮き上がらせている。一人きりの部屋で、一人きりのベッドで、彼はひたすら、そのサイトのスレッドを読んでいる。表情はないが、眼鏡の奥の黒い瞳に、若干の苦悩が見えるーーが、その苦悩は何か解決がある類のものではなく、ノスタルジーを伴う甘さを持っていた。甘かった。なぜならそれは、彼自身のことではないから。ノスタルジーは、彼の小学六年の頃を思い出させるような理不尽が、そこにあったから。彼はひたすら読み進めてゆく。その、幼稚で、思い込みが激しくて、分かりやすく皆を扇動するような、阿呆らしいスレッドを。
「わたし、ネットで名前出されちゃってて」
図書館の郷土資料館で、あの子はぽとんと落とすように言った。その横顔は白くて優しくて甘かった。女の子の香りと仕草。柔らかさ。それらのギフトは、彼のもとに来るには、あまりにも遅すぎた。もっと昔、本当に必要だった時、それは来なかった。欲しくて欲しくてたまらなかったのに、他の人はみんな、当然のようにギフトを受け取っていたのに、彼だけは恩恵にあずかることができなかった。天は、彼には振り向かなかった。どんな苦悩も悲しみも怒りも屈辱も忍耐も、幸福の取得に至ることはなかった。
「だからね、夏休みの宿題仕上げても、提出するのに学校行くこと、もうないかなあ」
へへっと笑った。理不尽な目に遭っているというのに、彼女はどこかドライでクールですらあった。時代なのだろう、と、彼は思った。今は、いじめを受けている子でも、ポーズを取る時代である。彼女はいじめを受けているようには、はた目には見えない。服装も、仕草も、喋り方も、なにもかもが、いたって普通で、みじめな感じがしなくて、尊厳が保たれているような感じがした。どのいじめられっ子もこんなものなのだろうか、と、内心驚きながら、彼は彼女を観察した。彼女は当たり前の、洒落ていて、愛らしくて、ちょっと生意気で、勝気なところもあって、ちゃきちゃきと喋ることも、自己主張することもできる、一人の女の子だ。どこにいっても、彼女を恥ずかしい子だと思う人はいないだろう。
その一見、クールで強いような印象。それはしかし、より一層深い孤独の裏返しなのだと彼は理解する。恐らく、誰も彼女の苦悩を知らない。助けてあげなくてはならないという気持ちにもならない。なぜなら、彼女は平然としているように見えるから。
彼はスレッドを読み進めてゆく。毎日のように同じ話題が続いていて、どんどんエスカレートしていく。名前はとうのむかしにさらされている。この件で晒されている名前は、彼女を含めて四名だ。この四名の女子は、おそらく、それほど仲が良いわけではないと思われる。決して、親友同士とかではないと思われる。にも拘わらず、スレッドでは勝手に、この四人をひとまとめにし、失踪した女子に恨みを持っている一団だと決めつけていた。
四人。
同じだ、と、彼は思う。三十年前と同じである。この分だと、失踪する側も同じ数かもしれない。
ふさり、と、彼の座る隣に小さなものが腰かける。冷たくて弱弱しくい「それ」。裸足の寂しい脚をぶらつかせ、おかっぱの髪の毛の隙間から石肌のように白く無機質な横顔を覗かせている。口元が覗く。にいと笑っている。いつも笑っている。三日月形に見える口元だ。笑い顔なのに、「それ」はいつだって満たされていない。いつだって欲しがっている。
「寒いよ。おなかがすいたよ」
と、「それ」は訴える。原始的な欲求だ。その欲求を満たしたいがために、「それ」は起きだしてきて、求めるものを得るためにやってくる。いつまでもねぐらに入れば良いのに、と、彼は思う。その「ねぐら」は彼の中だったはずだ。三十年間、「それ」は彼の中でぬくぬくと腹いっぱいになり、満足して過ごしてきたはずだった。けれど、どうやらもう、食べ物は尽き、温もりは冷めてきたらしい。
「俺の中にいろよ」
無感情に彼は呟く。隣にいる「それ」は足をぶらつかせている。
「どうして出てくるんだよ」
また彼は呟く。「それ」はくすくすと笑い始める。
「どうせ俺が一番おまえに相応しいんだよ。他におまえの居場所はねえんだよ」
淡々とゆっくりと、言い聞かせるように彼は言う。眼鏡の隙間から、隣にいるものに視線を走らせる。だが、見ようとしたらたちまち消えてしまうことも知っている。「それ」はそこにいるけれど、捕まえることはできない。昔は、確かに「それ」に触れることができた。学校近くの神社で「嫌われ組」が集まり話していた時、「この指とまれ」をしたことがある。みんなは仲間でトモダチだ、という約束をした時、「それ」も確かにそこにいた。そして、みんな指を握りあって約束した。もちろん「それ」の手も、その中に入っていた。
なのに、今は「それ」に触れることができない。ただ、存在を感じるだけだ。多分、「それ」は他に移ろうとしているのだ。彼の中から出ていき、別の住処を見つけようとしている。
誰にしようかな。
「それ」は食後のデザートを選ぶかのように楽し気に言う。
スレッドに名前を出されている四人の女子の中のどれか。一番居心地の良いところに居着くのに違いなかった。
加速してゆくスレッドの内容は、最初は四人のいけにえを、均等に攻撃していた。しかし次第に的が絞られていくようだった。それは、スレッドに書き込む誰かにとって、気に入らない者を確定してゆく作業のようだった。
うしろのしょうめん、だあれ。
455 上梨小ななしさん
大山みいなだろ。
456 上梨小ななしさん
大山みいなムカつく。
457 上梨小ななしさん
性格悪い。何考えてるかわかんない。嫌い。
458 上梨小ななしさん
なんか苦手。
・・・・・・。
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やがて彼はスマホを握りなおす。深夜1時をまわっている。しかし躊躇っている時間はなかった。なぜなら、「それ」は今にも自分から出ていきそうだったから。そして、今にももっと若くて、もっと長居できる場所に移ってしまいそうだったから。
彼は、隣に座っている「それ」がどんどん消えてゆくのを感じている。
急いで彼はラインを開き、彼女に伝えたい文面を作り始めた。
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