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 かあーごおめ、かーごめ。  何人の子供が歌っているのだろう。楽しげだがどこか陰湿な合唱が響く。砂利の上に、怜は横たわっていたーーああそうだ、大友優を訪ねて上梨寺に来て、杉の並木の影を踏んだのだ。そうしたら、突然ストンとーー歌は、続いている。軽く眩暈を覚えながら起き上がろうとし、体が動かないことに気づく。それどころか、目も開かない。  暗黒。  かぁごのなぁかの、とりは。  いぃつ、いぃつ、でぇやある。  嫌な歌だと、怜は思う。目が開かないのに、その情景は、闇の中に浮かんで見えた。暗黒の中のかごめかごめ遊びは、白い着物を纏う子供たちにより行われるーー儀式だ、これはまがまがしい儀式だーーやめなさい、怜は言おうとする。もちろん、舌も口も動かなかった。  よぉあぁけぇの、ばぁん、に。  つぅると、かぁめが、すぅべった。  輪になってくるくる回る子供たち。顔ははっきり見えないが、その中には見たことのある後姿が混じっていた。今は着物姿だが、普段はこんな格好はしない。そうだ、洋服にランドセルを背負っていた。    真鍋健太。  所沢愛華。  瀬川大翔。    この三人は、すぐに分かった。けれど、もうあと三人は誰だろう。知らない子供だーー否、どこかで見たことがあったーー怜は閉じたまぶたの裏で、じっと凝視し、やがて思い出したのだった。  テレビのワイドショーで何度も出てきた、上梨小六年失踪の女子たち。そうだ、この三人の顔写真が公開されていたのだ。  それにしても、どうしてこんなによく見えるのだろう。怜が倒れている場所から、相当距離があるはずなのに、なぜか彼らの顔はよく見えた。  輪になって回っているのは、30年前の「正義グループ」と、今、みいなを虐めていた三人の女子。  つまり、強者たちが輪になっているのだ、と、怜は悟った。この、かごめかごめは強者の輪。では、輪の中に小さくなっているのは誰だろう。  輪の中の子供は、奇妙にも二重にも三重にもなって見え、輪郭が定まらなかった。女だったり、子供だったりした。いくつも現れる顔の中に、やはり知った顔が見えた。なにか寒々しい思いで、怜はその風景を眺める。「知った顔」のひとつに、30年前、怜が階段から突き落とした「トモダチ」の女の子が見えたのだった。  輪を作る強者たち。この人たちは、現実の世界ではちゃんと生きている。否、「戻った」のだ。  一度、失踪してこの闇の中に落ち込み、それから一部分だけここに置いて、また現実に「戻った」。だから、「正義グループ」の真鍋も所沢も瀬川も、大人になり、ちゃんと社会人になって生き続けている。  それに、あの失踪した三人の意地悪な女子たちも、今はちゃんと戻っているではないか。    そうだ。戻ったのだ。  誰もが、彼らが失踪したことを忘れてしまった。最初から失踪などしていなかったかのように、平穏な日々に戻った。  怜ははっきりと思い出していたーーくすす、うふ、うっふふふふーー30年前の夏、上梨小六年の子供が三人失踪して事件になった。それは、確かに真鍋健太と所沢愛華、瀬川大翔だったのだ。その失踪事件当時、正義グループのボスである香織は家族と一緒に、軽井沢の別荘に行っていた。  なのに、いつの間にか真鍋と所沢と瀬川は戻っていた。何事もなかったかのように。しかし、がらりとその内面は変わってしまった。まるで人が違ったように、三人は穏やかで無欲になり、今までのように正義を振り回し、「嫌われ組」をスケープゴートにすることはなくなった。  なにがあったのだろうと思っていたのだ。あの時、怜は。  「ねえ、あのさ」  小6の夏休み明け、怜は久美や洋子に聞いた。あの三人、失踪したんだよね。無事に戻ったんだね。  久美と洋子は顔を見合わせ、首を傾げていた。「えっ、失踪」  そんなことあったの、知らないよ、なにそれぇ。  二人の反応は、嘘ではなかった。本当に何も知らないようだった。クラスメイトも、先生たちも、誰もがあの失踪を忘れていた。失踪の当事者である本人らも忘れているようだった。  (なんだろう、変なの)  やがて怜も、この事態に興味をなくした。もともと他人のことなどどうでも良いのだ。失踪事件は、もしかしたら別の県の同姓同名の子供だったのかもしれない。それにしても三人とも同じ名前だなんて出来過ぎだけどーーまあいい、と、怜はそれ以上こだわらなかった。  覚えているのは、わたしと、大友優だけ。  怜は眉をひそめる。  しかし、なぜだろう。自分と大友優の共通点は、「嫌われ組」に最も似合う人間だということくらいしかない。  大友優は、言われる通り不潔で鈍重で、人の足手まといになる。そして怜は、人殺しなのだった。  「うふ、ふ。分かったぁ」  ぞわぞわと気配が近づく。砂利の上に寝そべり、身動きができないまま、怜はそれを感じる。ぞわぞわと複数ある足が蠢いている。非常に巨大なものだ。異様な生き物が、そこにいた。幸い、暗闇がその生き物の本体を隠してくれていた。かわりに浮き上がったのは、白く丸い子供の顔だけだ。それは、にいっと赤い口を、三日月の形に崩していた。  「あんた、子供の姿をしていたじゃない」  怜は呟いた。  その顔を、良く知っている。「嫌われ組」の仲間が神社に集まった時、決まってその子はやってきて、「トモダチになろう」と言った。素足に草履をはき、着物を纏ったその子は、何処から来たのか全く分からなかったーーいいよ、トモダチだねーーあの時。  怜は、唇を噛む。あの時、これをトモダチとして迎え入れてはならなかったのだ。  「それじゃ一緒に遊べないね」  怜の憎まれ口に、それは更に口元を笑みくずした。  ぐるぐる回るかごめかごめの輪の中で、怜の大事な親友は、あの時の姿のままうずくまり、後ろの正面を当てようと躍起になっている。  「あそこから出ることが叶えば、『戻って』来れるんだ」  本能的に、怜は感じ取った。胸がばくばくと波打ち始める。そこに、失われた親友がいるーー友達、友達だよね、ううん、違う、裏切者、いいえいいえ、違うのーーそこから取り戻したかった。そうしたら、彼女は少なくとも「最初から存在もしない子供」ではなくなるのだ。  だが、輪の中でうずくまる子供の顔はいくつもあった。ふっと重なってはまた奥に隠れると言った具合に、様々な顔が入り乱れている。  そして怜は悲鳴をあげたーー舌が動かなかったので、心の中で悲鳴をあげたーー輪の中に、大山みいなの顔もあったのだ。  「みいな」  怜は動かない口で呼ぼうと試みた。  「みいなあっ」  輪の中にみいながいる。だから、みいなは現実に存在しなくなってしまった。みいなを取り戻すには、輪から出さなくてはならない。輪から、出す。  「ウーン、鬼は交代しなくちゃいけないからね。代わりに誰か入ってくれるなら、出ることはできるよ」    まるでできない子に遊び方を教えるような言い方で、怜を見下ろす化け物の顔は言った。ぞわぞわ動く太いけむくじゃらの足たち。巨大な体についた白い顔。体には、赤い目がいくつもついており、顔の後ろで不気味な光を放っていた。  「交代しなくちゃ。寂しいのもひとりぼっちなのも、交代で味わうんだよ」  にいいっ。  嗤う唇。  「だからさ、次は君の番だよ。君の中に入るからね」  ね、トモダチになろう。トモダチだよね?  くす、くすす、うふ。  しゅうう。闇に隠れた巨体の上の方から白い糸が吐き出される。その糸は粘り気があり、長かった。たちまち怜は糸に絡みつかれる。まるで糸巻きの芯になったかのように、ぐるぐると怜は巻かれていった。  蜘蛛の餌になる。  怜は愕然とした。  わらしさまがこれならば、子供などではない。これは、蜘蛛の化け物である。人を養分にして生きている。  太古の昔から上梨にいるのだ。  分厚くなってゆく蜘蛛の糸の繭は、ぬくぬくと温かかった。不覚にも怜は、心地よいと感じた。  (そうだ、トモダチ・・・・・・)  くるまっていると、まるで一人ではないような、満ち足りた気持ちになってくる。うとうとと怜は眠りかけた。満足してしまいそうだった。 **
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