残酷な神隠し

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残酷な神隠し

 石破俊博は1975年(昭和50年)1月5日、岡山県岡山市で4人兄弟姉妹の長男として出生した。母、芳江はある日、風呂を沸かしていることを忘れ家事に勤しんでいた。ゴトゴトと音のする風呂に興味を持った俊博は、浴槽によじ登り蓋に足を掛けた時、蓋が浴槽に落ち、両脚に大やけどを負った、1歳11か月の事だった。赤いケロイド状に残った火傷が原因で物心が付き始めた小学校低学年の頃に、税理士事務所を経営していた厳格な父親に泣きながら相談するも「そんなことで泣くな」と怒鳴られた。それ以来、弱音を吐くと怒鳴られると、いじめに遭っていることを誰にも相談できなくなり、次第に人と接することを避けるようになった。  閉鎖的な行動が現実逃避できる唯一の方法で在り、そのせいで両親との関係も良好なものとは言えないものになり疎遠になると、この劣悪な状況は両親のせいだと強く思うようになり、殺したいとまで思うようになっていた。  孤独な中での自問自答は、いつしか自分が火傷を負ったのは両親のせいだ、と思うことで劣等感を誤魔化すようになり、自身の中に潜む孤独に蝕む悪の芽生えにも怯えを感じ始めていた。  思春期を迎える頃には火傷のために「自分は女性や恋愛には無縁だ」と考えるようになり、益々両親への恨みを深め、解放感を求め、今の環境から逃げ出したい一心で早く両親の元から離れたいという思いが強くなっていた。  1993年(平成5年)3月に地元・岡山県の県立高校情報処理科を卒業し、就職先を地元から遠く離れた所を選んだ。運よく、東京都内のゲーム会社に入社できた。4年余り勤務したところで単調なゲームの仕事に飽きたこととキャリアアップのために退社。その後は、派遣社員としてコンピューターソフト開発会社に勤務し、会社を替わるなどし、キャリアを積んだ結果、技術を認められ、引き抜かれまでになり、月額50万円の個人契約社員として勤務できるまでになった。  仕事での自信は、俊博の欲望を促進させていく。姿態へのコンプレックスの裏返しのように自分よりさらに悪化した境遇の人物を好んで描くようになり、俊博のmixiのプロフィール欄には「だるま、ダルマ、達磨、四肢切断」と記載されており、四肢切断(アポテムノフィリア)に異常な執着を伺わさせた。そこには、四肢切断した女性のアニメ風イラストをアップロードしたり、コミックマーケットでも女性を四肢欠損させた同人本を複数製作し、販売していた。  俊博の性への欲求は、万人と同じく年毎に高揚した。しかし、俊博の脳裏には、女性に火傷の跡を見られると振られてしまうから普通の恋愛・結婚はできない、との思いがあった。女性との交際経験はなかったが一緒に映画や食事に出かけたり、遊園地の帰りにホテルに寄って性行為をしたりする女性が欲しい。自分のことをずっと好きであり続け、なんでも自分の言うことを聞いてくれるような女性がいい、という考えが空想と現実の狭間で日増しに高まっていた。  金銭的に余裕を感じ始めた俊博は、どうすれば自分の欲望が叶えられるか考える時間がいつしか至福の時となっていく。そんな時、Vシネマで「飼育」と出会う。好みの女性を拉致し、極限の中で愛情と恐怖で束縛し、飼育することにより、歪んではいても愛情を受けられるというものだ。  俊博は、空想を思い描くことに執着し始めていた。夢を描きながら、新居を探し始めた。監禁した女性を他人に悟られず囲える設備。オートロック、監視カメラ、音が響きにくく気密性が高い鉄骨鉄筋コンクリート造の物件、出来れば隣室との間隔があることなどが挙げられた。その条件にピッタリ合う物件が見つかった。新築のマンションで最上階の9階。まだ、入居者が三分の一程しかなかった。俊博にとってこの上もない物件だった。営業マンから、このマンションは、女性でも安心できる防犯設備に優れており、新築ということもあり問い合わせが多いんですよ、という常套句にも心を奪われていた。俊博は内見を行うとその日の内に契約を行った。契約が成立し、鍵を手に入れると空き部屋や監視カメラの位置を確かめた。俊博の部屋は9階の918号室、両隣が空き部屋だった。  これだと当分の間、防音設備は不要だな、とほくそ笑んだ。それからは、女性の入居者が引越してこないかと落ち着かない日々を過ごした。  三週間程して916号室に女性が入居してきた。俊博は、自分が外出中も外の様子が分かるように小型カメラをさり気なく設置し、監視した。その結果、その部屋には、二十代半ばと三十代前半の姉妹が入居したことが分かった。帰宅時間も引っ越ししてまだ浅いせいなのかほぼ毎日、同じ時間に帰宅していることもわかった。  俊博の好みは、太っていなくて若い妹の方だった。姉は事務系の堅物そうに見え、妹は垢ぬけたブテッィックのスタッフのように映っていた。  充分、拉致監禁・飼育のシミュレーションをしてきた。俊博はターゲットの女性の名前すら知らなかった。女性との交際経験のなかった俊博は、女性を強姦して性の快楽に溺れさせる「セックス調教」によって、自分のいうこと何でも聞く「性奴隷」にすることができると考えていた。  そして自分の思いを遂げる実行日がやってきた。姉妹が引越してきて一週間後のことだった。  その日は、定時に仕事を終えられるように事前に調節し、その甲斐もあって計画通りに帰宅。指紋の検出が出来ない様に掌や指先に糊を貼り付け乾かし、指紋の一部には瞬間接着剤を用いた。19時30分ごろ、俊博は、性奴隷獲得目的で被害者女性の帰宅を玄関のドアを少し開け、携帯電話をカメラモードにし、廊下の様子を伺いながら待ち伏せた。  カッツ、カッツ、カッツ。ヒールの足音が静かな廊下に微かに響く。  女性が解錠し、俊博の918号側が扉で隠れた瞬間、足音を悟られない様に靴下のまま部屋を飛び出し、閉めかかったドアを強引に開け、右手で女性を掴み寄せ、背後を取ると左手で女性の口を塞いだが女性は思った以上の抵抗を見せたので、万が一を考え、スラックスの後ろポケットに忍ばせていたスパナ―で被害者の後頭部を死なない程度に殴り、倒れた所を羽交い絞めにし、女性の部屋の扉を閉めた。その後も思いがけなく女性の力が強く揉み合い、鎮めようとさらに二・三発、頭部をその場しのぎに殴った。その内の一発が額に当たり、女性は一筋の血を流した。女性が瞼を震わせ、パタパタと白目を見せ、気を失ったのか動きが静まった所で、俊博は被害者女性の住居のドアを少し開け、外に誰も来ないことを確認し、ぐったりする女性の背後から両脇に手を差し入れ、引き摺るように後ろ走りに自分の部屋に連れ込み、鍵を掛けた。  俊博の興奮は昂ぶり、拉致に成功した喜びに満ちていた。リビングまで運ぶと女性の手足を縛り、猿口輪と目隠しをした。身動きが出来な状態を確認した後、女性の頬を軽く殴った。その頃には、瞼の痙攣は治まっていた。額から微かに出血しているのが見て取れた。  俊博は、気絶しているのだろうと思い、肉食動物が獲物の生死を確かめるように匂いを嗅ぎ、少し触れるように胸に手を当ててみた。初めて触れる生身の女性の胸の感触に興奮を隠せず、荒々しく剥ぎ取ると美しい双丘が目に入った。頂上の桃色の先端を吸ってみた。反応がない。噛んで見た。やはり反応がない。双丘の麓に掌を当てると温かみと肋骨を感じた、が、あるはずの脈がなかった。死んだ?そう思った瞬間、後ろに飛びのいた。恐る恐る近づき、あらゆるところを摘まんだり、揺さぶったりしてみたがやはり反応がなかった。  この状況でも何故か俊博は、冷静だった。その冷静さに自分でも驚くほかなかった。飼育が無理なら剥製か…。  獲物の処理に思いを馳せる以上に俊博の分身は、勢いよく反応していた。何かで読んだか観たかの記憶が巡った。屍姦を躊躇していれば時間の経緯によって思いを馳せることが出来ない、そんな記憶が過った。俊博は、思考を変換した。下手に気づかれ騒がれたり、火傷を揶揄されるのは厄介だ。今なら、コンプレックス、ストレスなく、初体験を馬鹿にされることなく思いを存分に果たせられる。分身を蜜壺に挿入すると中はまだ温もりがあった。いまなら、思いを果たせる、と思った俊博は、分身を蜜壺から抜くと、女性を全裸にし、自らも全裸になり、束の間の至福の時間を堪能した。幾度か思いを果たしたころ、俄かに外が騒がしく感じた。ドアスコープから外の様子を伺い、耳に神経を集中させた。  ドアスコープから警察官が行き来する姿が伺えた。ばれたのか?  妹より2時間ほど遅れて姉が帰宅した。その際、玄関に鍵が閉まっておらず、不用心だと注意しようとヒールを脱ごうとしたとき、玄関の床に僅かな血痕を目にした。姉は妹の名を呼び、各部屋を探すがいない。不吉な予感が110番させ、被害届を出した。その知らせで警察がやってきたものだった。  俊博は、慌てて捕獲した獲物を玄関から死角になる場所に移動させ、毛布を被せた。テレビをつけ、バラエティ番組にチャンネルを合わせ、音量を上げた。  警察は、姉・双葉睦美の訴えを受理し、先乗りの警官から工藤刑事は状況を把握。マンションの監視カメラを確かめた。妹の弥生は19:33にマンション一階エントランスとエレベーターに乗り9階で降りた状況が監視カメラで確認された。その後、出た形跡はなかった。また、前後に不審人物の痕跡もなかった。一階の非常階段に設置された監視カメラにも姿を見つけることはできなかった。工藤刑事は確認の為、睦美に弥生の身長・体格を聞き、自分が到着するまでの人物の出入りに注視し、また、人間を収納できる箱の存在にも関心を示すも空振りに終わった。  「入ったが出た形跡はない。しかし、いなくなった…神隠しか」  姉の単なる思い過ごしだろう…、しかし、工藤刑事の発言に警察関係者に緊張感が走った。工藤刑事は鑑識を要請し、現場は一転した。血痕は、採取され、DNA鑑定のため、ヘアブラシの任意提出を姉・睦美は承諾した。睦美は鑑識から毛根付きの毛の提出も要望された。  引越からまだ日が浅く訪ねてきた者も、引越しに関連する者しかいなかった。残された血痕は、ほぼ妹・弥生のもので間違い。鑑識課の服部は、工藤刑事とほぼ同期であり、幾多の事件解決を成し遂げていた。組織警察の中で独創的な二人は、現場主義で出世欲もなく、鼻つまみ者として息が合っていた。  「服部ちゃん、中に入ってもいいかなぁ」  「ああ」  「どう、思う」  「これをみてくれ」 と、服部はドアを閉め、部屋の電気を消し、ブラックライトを玄関の壁面に当てると微かながら飛沫が青く光って見えた。服部は工藤に確認させると部屋を明るくした。  「なるほど、足元の血糊は、この高さで発生しそこへ落ちたということか」  「ああ。見ての通り、ここにはこの高さに人体を傷つけるものはない」  「襲われた…そう考えるのが妥当か」  「間違いないな」  「済まないが、出た形跡がない以上、エレベーター内、階段に何らかの痕跡がないかを調べて於いてくれ」  「分かっている。既に調べさせているが、見つかってもいいはずの血痕がない。犯人が傷口を何らかの方法で塞いだのかもしれない」  「そうか、何か分かったら連絡をしてくれ」  「ああ、そうするよ」  工藤刑事は考えていた。被害者が入ったが出た形跡はない。だとすれば、被害者はまだこのマンションにいるはずだ。最も怪しいのはこの9階だ。住居は10世帯分の内、入居件数は、五世帯。姉・睦美が帰ってくるまでの時間を考慮すれば、階段を使えば他の階層の者でも犯行は可能だ。しかし、服部の報告ではその可能性は薄い。各部屋を家宅捜索するには上司の判断が必要だった。  服部は部下に、マンションの9階下の入居者に手分けして聞き込みにあたらせた。9階は自らが一軒一軒聞き込みに回る事にした。918号室の石破俊博に効き込んだ。第一印象は、極平凡な人物であり、凶悪な犯罪を犯したばかりには見えない、落ち着き払ったものだった。犯行があったであろう部屋は916号室。入居していたのは914・913・911号室だった。聞き込みからは収穫は得られず、運が悪いのか、まだ帰宅していないであろう世帯が1世帯。他の世帯は人気のバラエティ番組やサッカーの予選、プロ野球を視聴しており、外での音には何も気づいていないと言うものだった。  取り敢えず本部が設定された署に戻るが、報告は想像の範囲だった。工藤刑事は上層部に各戸の家宅捜索を願い出るも、確固たる証拠がない以上、その案を飲めるとすれば住人の許可を受け、任意でのもの。断れれば無理押しが出来ないというものだった。それでも、事件が発生したのならばあのマンションに被害者も加害者もまだいるはずだという思いは拭えず、初動捜査の遅れは後々問題になると、強引に任意による捜索を取り付けた。  工藤刑事は、任意による家宅捜査を他の署員に任せ、被害者とされる双葉弥生の交友関係を探ったが、これと言った収穫は得られないでいた。掴めそうで掴めない犯人像に、嘲笑らわれているような虚しい時間だけが過ぎていった。  一方、犯行後すぐに聞き込みを受けた石破俊博は、危険を感じ、もうすでに絶命している女性の処理に取り掛かっていた。俊博は、自分の身体的コンプレックスを埋めるように四肢切断(アポテムノフィリア)にのめりこんでいた。その関連で動画配信サイトのMetubeで世界の拷問や悲惨な事故などを視聴し、自分ならこうすると空想を張り巡らせ愉しむ日々に充実感を得ており、残酷な描写や映像に慣れを感じていた。そんな状況下にあった俊博は、躊躇うことなく遺体の解体に取り掛かった。  腕や脚は、包丁で円を描くように少しづつ刃先を沈め、後は鋸で骨を切り、四肢切断した。俊博は、想像ではなく実物を目にし、携帯で写真を撮ろうとしたが万が一を考え、目に焼き付けることにした。切断した腕や足から包丁を使って肉を剥ぎ取り、まな板で5cm角に切り刻んで水洗トイレから下水管に流した。その後、胴体を解体し、腹や胸から肉を剥ぎ取り、臓器を取り出し、これをまな板の上で切り刻んだ上、水洗トイレから下水道管に流した。解体後に残った骨は冷蔵庫に隠した。  思っている以上に時間を要した。性奴隷計画はまた今度だな、そう思いつつ大きな体が自らの思いのまま小さくなっていく様は、束縛と充実感を覚えるものだった。作業の深夜の時間帯は、俊博にとっては、調理実習のように楽しい時間になっていた。  警察署員が任意で部屋を見せて欲しいとやってきた。  事件翌日の俊博の帰宅を待ってのことだった。被害者と思われる双葉弥生の身辺調査で結果が出ず、早くも暗礁に乗り上げてのものだった。警察官たちは階下から調べ始めていたらしい。警官たちにとっては留守宅も多く、これがやっと最後の階だという思いもあったのかも知れない。俊博は、平然と対応した。警察官たちは、任意と言う事もありトラブルを極力避けるため、大きなカバンやケース、収納スペースにしか関心を示さなかった。仕事に従事する女性の単独かシェアーが多く、新築マンションでもあり、入居者の多くが引越してきたまま手つかずの段ボール箱を部屋の片隅に積み上げている光景は異様には映らないでいた。  俊博は、その状況を段ボールの回収日やエレベーター内の会話から想像の範囲だった。二人組の一人の警察官が段ボールに視線を送ったのを察して、敢えて遺体の一部が入った段ボールを指さし、「開けましょうか」と笑顔で答えた。それを受け、警察官は別の段ボールを俊博に開けさせた。そして、去って行った。遺体の一部が入っていた段ボール箱の中身確認を促すなど巧妙かつ大胆に振る舞った。結局、遺体が入った段ボール箱は見逃されることになった。  俊博は、バレるかもしれないというスリル感と勝負勘をゲーム感覚で楽しんでいた。そして、勝利した。それを励みにすぐさま残りの解体に勤しんだ。  鼻歌交じりに遺体の頭から髪の毛を切り、頭皮を耳や鼻、唇ごと剥ぎ取り、それを電球に翳して眺めたりもした。次に眼球を抉り出し、それらを切り刻んで水洗トイレに流した。さらに頭蓋骨をノコギリで切って、脳を取り出し、下水道に流した。頭蓋骨は数個に切って、冷蔵庫に隠した。  任意の家宅捜索を切り抜けた俊博の行動は大胆になっていく。被害者女性の遺体を細かく切断してトイレに流すほか、出勤時にゴミ捨て場に捨てるなどして、ほぼ二週間を掛け、遺体の全てを処理した。   大人の女性である被害者の肉を剥ぎ取り、骨を砕くたびに俊博は、物心に目覚めた頃から自ら作り出した女性へのコンプレックスを薄め、人との関り方に自信さへ持ち始めていた。寡黙で何を考えているか分からない表情が、にこやかになり、人との接触にも積極的になっていった。  捜査進行が鈍化しているかのように世間には思われ、マスコミも世間の関心を掻き立てる奇怪な出来事だけに取材攻勢は激しさを増していた。必然的に当該マンションの住人がターゲットになる事も少なくなかった。住人の殆どが出口で待ち受ける取材陣に対し、手で顔を隠し無言で素早く立ち去る。新築マンションでありながら事故物件として認識されるのを迷惑に思わない方が可笑しい。そんな中で笑みを浮かべて出てくる男がいた、石破俊博だ。俊博は積極的に取材を受け入れた、しかも、顔出しで。  「女性が行方不明になっているらしいですが何かご存じではありませんか?」  「そうらしいですねぇ。早く見つかるといいですねぇ」  「行方不明になったとされる4月18日、あなたは御在宅でしたか?」  「はい」  「何階にお住まいですか?行くへ不明の女性をご存じありませんか?」  「9階です、でも、名前おろか面識もありません」  それを聞いて取材陣は、一気に俊博に迫った。  「当日、何か不穏な音や声を聴かれていませんか?」  「テレビを見ていて気づきませんでした」  「何か思うことはありませんか」  「早く見つかる事を望んでいます。このマンションの売りは防犯設備なのにどうなんですかねぇ。ですから、管理会社に、監視カメラが足りないのでは、と連絡を入れたんですよ」  俊博は取材陣に囲まれ、英雄にでもなったように注目されることに喜びを感じていた。俊博にすれば、顔出しで取材に応じることは自分が犯人ではないというアピールになるとも考えていた。事件2日後の4月20日に被害者の父親とエレベーターで乗り合わせた際に「大変なことになりましたね」と声を掛けていた。  警察は、物的証拠や動機に混迷を極めていた。被害者女性宅に残っていた指紋を警察が調べた結果、加害者が被害者女性宅に侵入した際に、指紋をわずかに残していたことが判明した。事件直後には加害者を含むマンション住民全員から任意で指紋を採取していたが、その時は、加害者は何らかの薬品を使って指先の皮膚を荒らしていたため、10指とも紋様が読み取れず、照合が不可能だった。  「服部、何か分かったか?」  「やぁ、工藤ちゃん。可笑しんだよ」  「何が」  「任意で採取した指紋の中に文様が読み取れず、照合が出来ない人物がいる」  「誰だ?」  「918号室の石破俊博だ」  「…」  「可笑しいだろう、これを見てくれ」  服部は、工藤に石破俊博の文様をみせた。  「な、指紋が乱されている。一般に生活していてこんなには乱れない。何らかの意図を感じる」  「確かに」  「痕跡が少ないことから計画的犯行が伺える。だとすれば、手袋でもすればいいんじゃないか。杜撰なのか計画的なのか犯人像が読みずらいな」  「計画的のようで杜撰か…。だとすれば、計画を立てたが何かの不都合が起きて計画を遂行できなかったということか」  「う~ん…」  「どうした」  「それにしても、やはり杜撰。成り行き次第の犯行だと感じる。なのに被害者の存在が見えてこない」  「それは何を意味するんだな」  「血痕から大量出血でその場で致命的な、とは考えにくい。殴打したのなら打ち所が悪く、その場で気を失い、脳内出血で犯行時以後に危うくなった、と考える事も出来る」  「拉致監禁したのなら、その傷次第ではまだ生存の希望が持てる訳だ」  「ああ、でも、人の出入りに可笑しなところがない以上、犯人は何喰わない顔で日常生活を送っている」  「だとすれば、自分が外出中、弥生さんを身動きできない状態で監禁していることになるな」  「手足を縛られ、猿口輪や目隠しをされ、何時間も同じ姿勢に追いやられている。だとすれば、精神的にも肉体的にも追い込まれているはずだ」  「脱出の希望を失い、怯え、犯人の言いなりになり、無抵抗になるってやつか」  「ああ」  そういう服部の力ない言葉に工藤は違和感を悟った。  「お前、恐ろしいことを考えているだろう」  「工藤ちゃんはどう思うんだ?事件は起きている。なのに被害者の姿がない。世間では神隠しだと騒ぐ。非科学的だがね」  「済まん、神隠しと言ったのは俺だ」  「そうだったな、その責任は重いぞ、マスコミの関心を無駄に煽ったからな」  「それを言うな、反省してるよ」  「で、どうなんだ、捜査の進捗状況は」  「相変わらずさ、被害者との関係に固執して捜査は動いているよ」  「お前は、違うんだな」  「ああ、被害者である双葉弥生さんが引越してきて間もない。訪れた者も業者以外にない。それは姉の睦美さんからも確認を得ている。弥生さんのトラブルも皆無だ。なのに事件は起きている…」  「何らかの趣味趣向はあるが無差別で突発的要素を含むと考えているのか」  「ああ、だとすれば弥生さんが発見されないでいるのは、まだあのマンションにいると考えるかそれとも…」  「お前もそう思うか」  「初動捜査から時間が経っている、なのに何ら進展も見られない。だとすれば、俺らは誤った道を歩んでいると考えるべきだろう」  「それでどうするんだ」  「俺は俺の道を行く」  「また組織に逆らうのか。そら出世はできないわな」  「そのままお前に返すよ」      「あはははははは」  はみ出しを自覚している二人は、親交を深めていた。  「で、どうする」  「上層部は、何かと型に嵌めたがるからな、それには逆らわないが独自に捜査を進めるさ」  「いつものことか」  「ああ」  「でも、時間はないぞ、いや、もう遅いかも」  「それを言うな。不甲斐なさを感じている。本来なら本格的な家宅捜査をすべきだろうが、確かな証拠がない以上、許可が出ない」  「で、どうするんだ」  「生存・救出は上層部に任せるよ。俺は最悪を考えて動く」  「で」  「最悪を考えた場合、服部ならどうする」  「大人を運び出すのは困難だ。生きていればまだしも、そうじゃないとすると成人男性でもおいそれ動かせないからな」  「そうすると、ばらすしかない。お前もそこを懸念したんだろ」  「ああ」  「だとすれば、その処理をどうする。考えられるのは小分けにし運び出す。しかし、事件後も監視カメラを注視しているが日常ゴミ以上は見受けられない。だとすれば、バックに入れ他の場所に捨てるはずだ」  「注視すべきところが他にもあるぞ」  「どこだ」  「下水道だ」  「下水道…、トイレか」  「ああ、小分けにして少しづつ流せば、処理は出来る。痕跡を消し去るのは難しいだろうが、同時に墓所を特定するのも難しいかもしれないがな」  「だとすれば、事件後の異変に注視すれば疑わしい部屋を特定できるな」  「そういうことだ」  「水道料金か。早速、調べてみるよ。ありがとう」  「俺の方は、指紋が不十分だと申し出て、文様が治癒する時期を見張らかって再度、要請を出すよ」  「頼んだぞ」  「ああ」  工藤刑事はすぐさま水道局に出向き、石破俊博の入居してからの水道使用量を確認し、俊博の出勤後に現在の使用量を玄関わきのメーターから調べ上げた。数値は予想通り、事件発覚後、異常なほど数倍に膨れ上がっていた。その結果を鑑識の服部に連絡した。  「的中したよ」  「そうか」  「石破俊博の指紋採取を頼んだぞ」  「分かった」  事件から1ヶ月後に再び警察は、石破俊博の指紋を採取した。その際には、皮膚は再生しており、被害者女性の部屋で発見された指紋と一致した。捜査本部は、事件解決への安堵と被害者の消息の不安に包まれた。それを現実のものにしたのは工藤刑事だった。  「よろしいですか」  「何だ、工藤君」  「実行犯は石破俊博に間違いないと思われます。被害者である双葉弥生さんの行方がわからないままほぼ一ヶ月。生存の可能性があるとすれば長期の監禁で衰弱が激しいと思われます。私は石破をマークしていましたが取り立て多くの食料品や女性ならではの製品を買った形跡を確認できませんでした。考えたくはありませんが弥生さんは既にお亡くなりになっている可能性が高いと考えています」  工藤刑事の発言は捜査員が思っていても口に出しにくい言葉だった。  「弥生さんがマンションを出た気配がない以上、あのマンションにいると考えたいがある可能性を疑い調べた結果、その可能性も低いかと」  「可能性…とは」  「弥生さんは石破の部屋に連れ込まれた時点では生きていたがその後、絶命。処理に困った石破は、弥生さんをバラバラにして遺棄したものと考えています」  「また、勝手に…。まぁ、いい、確証があるのか」  「大きな荷物の持ち出しも確認されていない以上、自宅で処理したと思われます」  「どのように」  「切り刻んでトイレに流した。流せない分は、鞄に入れ運び、どこかに遺棄した。行動を把握する限りでは、通勤途中か勤務地付近のゴミ箱かと推察されます」  「…。よし、石破俊博を双葉弥生さん宅・住居侵入の疑いで引っ張る。鑑識さんは、石破の住居の各所及びトイレと下水管の捜索に重点を置いて行ってください」  「では、令状が出次第、石破俊博逮捕に向かってください。それまで、逃走されることなく気づかれないように監視するように」  「はい」  令状が捜査員のもとに届いた頃に合わせるように、石破俊博はいつもと変わらず出勤時間を迎えマンションエントランスから出てきた。  「石破俊博だな、7時31分、双葉弥生さん宅の住居侵入容疑で逮捕する」  「何の間違いです、証拠はあるんですか、双葉弥生さんって誰ですか」  「事情は、署で聞く」  捜査員は、パトカーへと乗り込ませ、石破俊博に手錠を掛けた。事件から一ヶ月が過ぎ進展の乏しい中、マスコミの張り込みもほんの一部だった。パトカーの中で石破俊博は太々しく、証拠は?動機は?と嘲笑っていた。捜査員は、一言も語らず署に向かった。その間、鑑識による捜査が入念に行われていた。  石破俊博の逮捕後、鑑識が下水管などを調べた結果、わずかに残った遺体肉片と被害者女性のDNAが一致した。また、石破俊博の部屋の一室や浴槽から採取された血痕と被害者女性のDNAが一致した。その他、被害者女性が所有していた財布や免許証などの切断された一部を発見した。  「何か見つかりましたか」  「ああ、お前を捕まえる為の十分な証拠が見つかったよ」  「へぇ~、そうなんだ」  「改めて、殺人死体遺棄事件としてお前を再逮捕してやるよ」  「こんな時、弁護士を呼んでくれ~って叫ぶんですか、初めてだからわからないや、ねぇ、刑事さん」 何かを吹っ切ったような俊博の態度は太々しく、取り調べの暗雲を予期せざるを得なかった。  「これは、指の一部です」  「肉が縮まり、骨がよく見えました」  裁判員制度開始直前に生まれた異様すぎる裁判が始まった。  2008年に起きた江東区マンション女性バラバラ殺人事件。2009年1月に開かれた公判では、同年5月から開始される「裁判員制度」を見据え、「目で見てわかりやすい審理」が行われた。しかし、これまでにない立証は、法廷を異様なものへと変えていった。傍聴席の前から3列目に座って、身体を震わせていた遺族の女性が、ひじ掛けからガクン、と腕が外れるように崩れ落ちた。隣の男性がこれを支え、裁判所の職員もそこに駆け寄った。そのまま女性は法廷の外に出される。 すると、もう一人。今度は最前列に座っていた女性が、前に大きくうなだれていった。隣の男性に促され立ち上がると、やはり駆け付けた裁判所の職員といっしょに退廷した。 直後に扉の向こうから絶叫するような女性の泣き声が聴こえ、法廷中に響き渡った。法廷内にも、耐えかねたすすり泣きが聞こえる。 胸が詰まるような雰囲気の中で、検察官の尋問が進められた。  「切り口から、血が出ることはありましたか」  「ありました」  「流れた血はどうなりましたか」  「そのまま排水溝の中へ…」  速記の都合で尋問が一時中断し、異様な空気の中で、沈黙が支配した。  残酷な所業が画像や再現映像で流され、その残酷さから傍聴人が常軌を逸し地獄絵図を描いていく。その張本人が自分である自覚と時間を置き人間性を取り戻したのか自分自身を追い詰めていた。すると下を向いていた石破俊博が手を震わせながら唐突に叫んだ。  「絶対、死刑だと思います!」  驚いたのは検察官だった。   「質問されてないことに、答えなくていい!」 と、一喝した。  裁判は再開され、証言と画像が流される。  両脚、両腕を胴体から切り離し、肉を剥ぎ、まな板の上でこまかくしながらトイレに流していく様を、証言と画像で具体的に再現していくものだった。その証拠を確認するため尋問が行われることが3日も続くと、石破の様子に異変が現れた。  残った胴体から肉を剥ぎ、内臓を取り出し、あばらを切り離し、切り刻んでいく過程を、下を向いたまま、傍聴席にもほとんど聞き取れない声で、「はい」「間違いありません」などと一つ一つの掲示される証言や画像の真偽に機械的に答えていく石破を見かねて、弁護人が異議を唱えた。  「裁判員制度を前提に、認めてはきたが、こうした尋問が果たして妥当なのか。被告人本人は画像も見ずに、ハイ、と答えている。罪状はすべて認めて反省しているし、供述調書にも同意しているのに、こういう尋問を繰り返すのは、被告人の人格破壊ではないのか」  これまでの裁判であれば、争点もなく供述調書の証拠採用に同意がなされれば、 検察官が要旨の告知をして裁判官に提出されるのが通常だった。しかし、この裁判では、全てを認めている被告人にわざわざ殺害の場面、遺体解体の方法を詳述に語らせ、裁判員を意識して、これまでにない再現画像で視覚効果を与えている。遺族が卒倒し、被告人も心ここにあらずの状態に陥いるような状況下で、果たして裁判員に冷静な判断を求めることができるのかという疑問が抱かれた。  弁護人の異議に尋問は、中断した。  裁判長が右陪席と小声で協議を始めた時、石破が 「続けてください!」 と言い張ったものだから、審理は続行された。しかし、石破の様子は普通ではなかった。左右両側と前面のモニターから捻じ込まれる自分の犯した罪の再現画像。遺体処理の凄惨な様子。それにともなう供述の誘導。自暴自棄になっているとも、人格がすでに壊れているとも受け取れた。あの畠山鈴香の裁判でも、娘を突き落としたという橋の欄干の模型が法廷に持ち出された時の鈴香の動揺ぶりに、裁判長が被告人を気遣って尋問を止めさせたというのにだ。  この状況下では、被告人の供述の証拠能力も問題になる。被告人の精神的崩壊の上に成り立つ合意は、自白の強要ではないかとの疑問も呈された。  法廷に設置された新しい装置を使って裁判員への「わかりやすい」裁判の演出は、検察の視覚効果を狙ったもの。この裁判に臨んだ3人の裁判官のうちの左陪席の若い女性裁判官は、大型画面に肉片写真が映し出されても、頬杖をついて、生欠伸を繰り返す余裕を見せていた。裁判官ともなれば、解剖実習にも立ち会って、訓練されている。そんなものにいちいち動じていては、仕事にもならない。 それだけに、この裁判の異様さが際立った。  裁判員という裁判に不馴れなずぶの素人は、検察官の劇場型の立証、演出にかかれば、思い通りの量刑を科せるよう誘導するのも容易だ。事件の残忍さを強調され、最後には証言台に座った母親の涙ながらの証言に合わせて、若くして落命した被害者の幼少から成人に達するまでの思い出写真を、まるで結婚披露宴のスライドショーのように見せつけられては、被告人への嫌悪が増す一方だ。検察の主張に感情ばかりが煽られ、証拠の吟味を怠れば、裁判員による冤罪だって招きかねない。  今回のケースのように、死体の損壊が証拠によって証明される場合は、バラバラになった肉片写真も裁判員が目を通さなければならない。目を背けたまま、判断を下すなど裁判の本質を欠く。  裁判員が直視できない状況下での検察官の求刑は「死刑」だった。犯行態様がいくら残忍とはいえ、強盗や放火も付かないで、殺害人数が1人での死刑求刑は異例だった。 しかも、求刑にあたっては、担当の検察官がわざわざ被告人の斜後方に譜面台をおいて論告を読み上げ、そして最後に、舞台役者のように声を張り上げて、 「被告人を死刑に!  …被告人を死刑に処するが、相当と思慮されます!」と、 わざわざ溜を作って「死刑」を二度も強調する演出ぶりは異様なほどの裁判となった。  2008年(平成20年)4月18日に東京都江東区の新築マンションで女性が神隠しのように忽然と消え、姉から捜索願いが出される。後に殺人・死体損壊遺棄が発覚したバラバラ殺人事件。完全犯罪か、とも注目された。  最上階の自室の玄関に少量の血痕が残っていた他、マンションに設置された監視カメラの記録に、被害者女性がマンション建物から外出した形跡がないことから、「神隠し事件」として、マスメディア各社がトップニュースで報じた。また、同マンションは当時3分の1近くが空室であり、被害者女性宅の両隣は空室だった。警視庁は、マンション住民全員から事情聴取、任意での指紋採取、家宅捜索を行った。事件発生から約1ヶ月後の同年5月25日、被害者女性宅の二部屋隣に住む派遣社員の男が住居侵入容疑で逮捕された。 第一審  2009年(平成21年)1月13日に東京地方裁判所(平田喜市裁判長)で初公判が開かれた。石破俊博は起訴事実を認めた。公判のなかで、事件の全貌や、俊博の陵辱を好む性癖や若く太っていない女性を無差別に狙った、強姦、性的暴行、婦女暴行目的の犯行であったことが明らかにされた。  この裁判は、裁判員制度のモデルケースとしても注目され、検察側は証拠として被害者女性の遺体の一部である骨片49個、すべて5cm角程度に切り刻まれた肉片172個を65インチのモニターに表示させた。裁判員制度に選ばれた一般人の中にはその残虐性を直視出来ず、悲鳴を上げる者、嘔吐する者、怯えから辞退を申し出る者など、裁判員制度における進行方法を考えさせるものとなった。  2009年1月26日に開かれた第6回公判で検察官の論告求刑・弁護人の最終弁論が行われて結審し、東京地検は被告人石破俊博に死刑を求刑した。  地検は、論告でわいせつ目的略取という身勝手な動機、完全犯罪を目論んだ徹底した罪証隠滅工作、部屋の血液反応という物証が提示されるまで犯行を否認したこと、1983年に最高裁が死刑適用基準(通称「永山基準」)を示して以降、殺人の前科がない加害者に対し死刑が確定した被害者1人の殺人事件3件の例を提示した。  弁護側は、最終弁論で、前科がないことや逮捕後は犯行を供述して謝罪していることや下半身に大やけどを負った過去の生い立ちなどを提示して死刑回避を求めた。  2009年2月18日に判決公判が開かれ、東京地裁刑事第3部(平田喜市裁判長)は被告人石破俊博に無期懲役の判決を言い渡した。東京地裁は判決理由で「性奴隷にしようとして拉致し、事件の発覚を防ぐには被害者の存在自体を消してしまうしかないと考えた自己中心的で卑劣な犯行で、酌量の余地はない」と厳しく指弾したが、「死刑選択には相当強い悪質性が認められることが必要となるが、この殺害では執拗な攻撃を加えたものではなく、残虐極まりないとまではいえない」「自ら罪を悔いており、死刑は重すぎる」と結論付けた。同月25日、東京地検は量刑不服として東京高等裁判所へ控訴した。 控訴審  2009年6月11日に東京高裁(山岡雅裁判長)で控訴審初公判が開かれた。検察官(東京高等検察庁)は控訴趣意書で、死刑求刑に対して無期懲役とした一審判決を、 「犯行は類を見ないほど凶悪で危険極まりない。一審の刑は軽すぎる」として、改めて死刑を求めた。一方、弁護人は「殺害された被害者が1人の同種事案と比較しても死刑には値せず、無期懲役が最も適切」と主張し、控訴審は第2回公判(7月16日)で結審した。  2009年9月10日に控訴審判決公判が開かれ、東京高裁(山岡雅裁判長)は第一審判決を支持し、検察官の控訴を棄却する判決を言い渡した。  東京高裁は、「殺害方法は無慈悲かつ残虐で、原判決が『極めて残虐とまでは言えない』としたのは相当ではない」と指摘した上で、「殺害は身勝手極まりなく、死体損壊は人間の尊厳を無視する他に類を見ないおぞましい犯行だ」と判示した。しかし、その一方で「検察官の『被害者を拉致した状態で殺害に着手せざるを得ない状況だった』という主張は早計で、殺害の計画性は認められない」「前科などもなく、自らの罪を悔いて謝罪の態度を示し、矯正の可能性がある」として、永山基準や、被害者が1人でも死刑となった過去の事案との違いを指摘し、「極刑がやむを得ないとまでは言えない」と結論づけた。  東京高検は「憲法違反や判例違反などの明確な上告理由がない」と上告を断念し、被告人側も上告期限内(同月24日まで)に上告しなかったため、同月25日付で無期懲役が確定した。
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