魔女の血飛沫

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……… … 「…すみませーん」 1階まで降りて保健室の扉を開く。 高校の保健室なんて滅多に来ない。 場所すらちょっとあやふやだった。 「…あら?」 恐る恐る入ると、保健室の机の前で 頬杖をついている女性が目に入ってきた。 「珍しいわね、こんな時間に誰か来るなんて」 キュルキュルっと音を立てて 回転椅子を捻りながら こちらに目を向ける白衣の女性。 机の上には少し古びたラジオがあった。 「あ、えーっと…有門(ありかど)先生」 「ふふっ、非常勤の私の名前を  覚えてるなんて珍しいわね」 「えっと…はい」 有門(ありかど) 神楽(かぐら)先生。 数ヶ月前に赴任してきたばかりの 保健室の非常勤講師だ。 とても美人な先生が来たと、 もっぱらの噂になっていた。 彫りの深い目鼻立ちに、整った白い肌。 名前は古風な日本人と言った感じ。 その容姿と珍しい苗字に名前、 沖縄の人かな?と勝手に邪推した。 「怪我でもしちゃった?」 窓の外の夕闇をバックに微笑む彼女。 その姿は少し妖艶に見えた。 「えっと、指を切ってしまって…  絆創膏を貰おうかなと」 そう言って人差し指の先を見せる。 「あら、大変」 血を見るのに慣れているのか、 冷静に準備を始める先生。 僕でも見た事のあるマキロンやガーゼを 手際良く用意する姿は美しかった。 そんな姿に見とれていると… 『…5ヶ月前、イギリスで起こった  約3000人の村人が犠牲となった  惨殺事件について、イギリス政府は…』 ザザッという音ともに 机の上にあったラジオが鳴いた。 「…有名ですよね、これ」 「あら?君も知ってるの?」 「そりゃあもちろん。  なにせ一晩で3000人が死んだのですから」 5ヶ月ほど前に日本にも入ってきたニュース。 一晩でイギリスの村人がほぼ全員死滅した。 そんな不可解な事件は日本のみならず 瞬く間に全世界を駆け巡ったのだ。 当時は僕のクラスでも その話題で持ち切りになるほど。 イギリスでは5ヶ月前だけでなく、 頻繁にそんな事件が起きていた というのだからなおのこと驚く。 被害者は6万人を超えたそう。 これに関わる事件は軽く都市伝説化していた。 「ふふっ、そうよね。  さすがに高校生の耳にもこれは届くわよね」 何人もの人が死んだとはいえ、 遠い海の先の国の話。 日本人の僕らには他人事も同然だった。 先生が僕の指を止血しながら クスクスと笑うのも仕方ない。 「…さて、これで血は止まると思うけど」 処置を終えて絆創膏を貼る前に 彼女が一息ついてラジオを消す。 「せっかくだし私とお話していかない?  絆創膏はその後で」 ウインクしながら彼女はそう言った。 「…っ、は、はい」 早く絆創膏を貰って帰りたい気持ちもあったが、 美人な先生にそうされては素直に従ってしまう。 「…ふふっ、ありがと。  うーん、少し昔話をしてもいいかしら?  魔女狩りって知ってる?」 「ちょうどその勉強をしてました」 「あら、ならちょうどいいわね!  怒りに充ちてしまった…  とある少女が主人公のお話なんだけど…」 そう言って彼女は紅く潤んだ唇を 妖艶に光らせて語り始めた。 夏の夕闇に…1つの昔話。
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