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ヤスケ
「夜はどちらにお出掛けになっているのでしょうか?」
部屋で夕食後のお茶を楽しんでいたら、ミリアの質問が飛んだ。もう自分の素性がバレているから、遠慮がなくなったのね。話しておいた方がいいのかな。
「ジーク殿下やほかの騎士様に言わないと誓ってくれるなら、お話しするわ」
少し考えてから、小さく頷く。場合によっては話すかもしれないわね。それに…
「乙女の部屋に潜んでいる忍さん。無粋な事はしないでね」
ギクっとなった気配2つが、すっと何処かへ消える。
忍1人が残った。殿下の側にいた熟練の忍ね。私でも集中しないと分からないぐらい。
「ヤスケさんでしたっけ。貴方のお名前」
観念したのか、名前を呼ばれてヤスケが壁からスッと出てくる。私の前で片膝をついた。
「ジーク殿下の忍、ヤスケと申します。なぜ名前を?」
「ハットリ爺から聞いていたからよ。拾った子が優秀な弟子になったって」
ほんの一瞬だったけど、悲しい顔をした。王都の外れにある村で戦争孤児になったヤスケを、ハットリ爺が拾って弟子にしたと聞いていたの。とても利発で成長速度も早く、12歳で立派な忍になったと。ハットリ爺は普通の男の子として育てたかったみたいだけど、見様見真似で忍の技を身に付けてしまったって残念そうに語っていたのを思い出した。
後にも先にも、ハットリ爺の弟子は私とヤスケだけ。
「ヤスケさんにも探してもらえば、手っ取り早いかもしれないわね」
夜の外出がミリアにバレているなら、隠しても無駄ね。
「紫の君」について私が知っている限りを話す。ヤスケも黒髪の話では、貴族にはいないと宣言してしまった。そうなのよね、いてもどこかに隠している可能性が高いのよ。ヤスケがもたらした情報はもっと詳しくて。黒髪の子は魔力が強くて暴走してしまうとか、凶運の持ち主だとか。気にしないわ、私の決意はそんな事で折れない。
「私の忍を使ってお探ししますから、ウィステリア様はここでお待ちいただけたら」
「何のために王都まで来たと思っているの?妃になりに来たわけじゃないの」
ここだけは譲れない。黒髪の事を知れば知るほど、必ずあの時のお礼を言いたいって強く思う。お婆ちゃんになったって探すわ。
「弟子の誼で黒髪の貴族男性を探していることは、黙っていましょう。しかし、ウィステリア様を危険に晒す事だけは阻止させていただきます」
話が分かる忍でよかった、これでぐんと探索範囲が広がる。
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