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月夜の塔
月夜の深夜。
城の北の端にある塔に黒髪の男が佇む。秋のこの時期は魔力が膨れ上がってしまう時間が増す。
少し苦しそうな表情の男が部屋の出入り口に向かって喋る。
「イヴァン。明日も彼女の部屋に行きたい」
「殿下…訪問は平等にしなければ、争いを招きます。せめて一周してからに」
「つまらん。流行りの店など、どうでもいいし、薄着の女どもに興味ない」
「お心を鎮めていただけないと、この塔から出られませんよ」
「ちっ。分かっている」
ジーク殿下は100年前、国を滅ぼしかけた黒髪の国王ノアの末裔。定期的この魔力を吸う塔に籠らなければ、普段の金の髪が黒髪になってしまう。幼少期は5年ほどこの塔に閉じ込められた。ヤスケと苦い顔をして塔を守った覚えがある。ふらふらになった幼かった殿下は、自分のことより護衛をしていた俺たちに、労いの言葉を忘れなかった。10代の俺はこの日から殿下に忠誠を誓った。
殿下には幸せになっていただきたい!これは同じ時期から、護衛として支えている私とヤスケの願いになった。
女に興味を示さなかった殿下が、ウィステリア嬢には興味を示される。忌み嫌われる蜘蛛に同情したのか、殿下が6つの時に小さな令嬢から蜘蛛を救った。彼女は蔑む言葉を一言も発さずに、ただ黒髪の殿下を羨望の眼差しで見ていた。
俺は確信する。暗闇から殿下を救ってくれるのはこの女性だと。辺境伯の忍姫。殿下を守っていくのにも相応しい。殿下が忍姫に一目惚れしていたのをお茶会が終わったあの日、俺にだけそっと打ち明けて下さった。
「可愛いくて変わった女の子がいた。まあ、黒髪の俺なんて好いてくれないだろうがな」
捕まえた蜘蛛をそっと草むらに放つ優しい殿下。あの悲しい顔が今でも忘れられない。
あの後、殿下に何を言っても伝わらない事は分かっていた。長年両親の陛下や皇后に疎まれて育ってしまって、何を言っても「黒髪だから」とつっぱねる。自分が黒髪に生まれてしまったからと全てを諦めた。ならば黒髪であることを公にしないようサスケと共に隠蔽した。そんなことで不幸にならないように、諦めないように。
殿下はあの令嬢が、ウィステリア様だと気付いてないのか?諦めてあの出来事を記憶から消しているかもしれない。
黒く艶のある髪をなびかせて、外の変わらない景色を見ている殿下の想いを守ると決意を新たにした。
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