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虎徹
「ウィス。そろそろ起きて。」
「う…ん?カー兄?」
外は真っ暗、目の前には微笑むカーウィル兄様。
ああそうだ、ソリ商会に来ていたんだった。
「王太子は城へ帰したよ。安心して」
「カー兄様、夕食はまだよね?」
「作ってくれるの?楽しみだ」
いつも美味しいって言ってくれるの。
キッチンに強引に入って、カー兄様の好物とダー兄様の好物を作る。
顔色のいいカー兄様を見るとこっちまで嬉しくなるわ。
ガリガリで栄養失調だった兄様。
なんとか栄養を摂ってほしくて、小さな手で作り上げたなんとも不細工なハンバーグを涙を流しながら「美味しい」と言って食べてくれた。
味は良かったのよ、ただ団子のようになっちゃって…
カー兄様の好物になったの。
ダー兄様は鶏肉で作る香草焼きが好きなのよね。
内緒だけどダー兄様は優しいから、肉を食べられなかった。
まだ小さい頃の話よ?動物が可哀想だと言ってね。
植物も動物も皆そうやって、糧として食べた者を助けているのよってカー兄様と説得した。
いつも食べる前にするお祈りは、その糧となった者たちに感謝する行為なんだと。
その日からいつも面倒臭そうにお祈りしていたのを、熱心に祈るようになって肉も食べるようになったの。
私の作る香草焼きは食べられる前に、綺麗に着飾ってもらっているようだと言ってたっけ。
力持ちになったのはそこ頃からだと思う。
ますます積極的に肉を食べるようになったの。
今も誰よりも長く祈ってから、料理にかぶりつくダー兄様。
「うまい!ウィスの味付けは絶妙だ!今なら山でも持ち上げられそうだ」
「ダー兄、アー兄に叱られるからやめといた方がいいよ」
いつもの会話を楽しみながら食事が進む。
珊瑚やミリアも驚きながら、出された料理をぺろっと平らげてくれた。
食事の後のお茶を飲みながら塔の話をしようとしたら、
「結界を張るから待って」
カー兄様が開発した盗聴防止の札で、食堂に結界が張られた。
食堂にいるのは2人の兄様と、珊瑚にミリア。
私の我儘で巻き込んじゃうなと言ったら、全員に「こんな面白い事を取り上げるのか?今更に?」と言われる。
1人で乗り込もうと思っていたのよ。
「主題の「紫の君」と思われる黒髪は週に1回塔に籠る。そこを狙ってクサベの首領が乗り込んでくる」
「忍の間で噂だったんですが、真実だったのですね」
「イヴァン兄様とサスケ様の警備を掻い潜るのは至難の技です」
「イヴァンとサスケはアー兄が鍛えたからな。俺らの手の内は知っているだろうが、俺らも2人の手の内を知っているという利点もある」
「まあそれも解っている事でしょうね。催眠剤や毒薬にも慣らさせてありますから、薬も2人には効きませんし」
「…お前、どんな訓練をさせたんだ…いや、知りたくねえ」
青くなる3人ににっこり微笑むカー兄様。ダー兄様は語ろうとしたカー兄様を手で制した。
「堂々と行っても通してくれそうだけどね。あっ呼んでる。ちょっと待てて」
今度は私の方を見て微笑むと隣の部屋へ行き、一振りのヤマト刀を持って来た。
「ハットリから預かって来たんだ。「虎徹」と言ってウィスを守ってくれるそうだよ」
カー兄様が近づく度に、虎徹がカタカタと鳴る。
喜んでいるような、暴れたがっているような変な感覚が伝わってくる。
「虎徹」
カタカタカタカタ
「私の名前はウィステリア・コーデル・ルネ。紫の君を守りたいの、黒髪というだけで差別される彼を、あの日からずっと愛しているから」
カッ!!
虎徹が光ると、白い毛並みが美しい大きな白虎が目の前に現れた。
刀の鍔に彫り込まれている白い虎。
『誰かを殺したい、倒したいと名乗られることはあったが、守りたいと言ったのはお前が初めてだウィステリア』
「そうよ、ハットリ爺も言ってたの。刀は誰かを守るために使われるべきだって。甘い考えではあるけれど、私もそう思うの」
父様も言ってた「コーデルの民はもちろんだが、敵側の何も知らない民も守るべきだ」と。
アーウィン兄様は「策がややこしくなるだけだ」と鼻で笑ったけど、兵士や間者以外の民は領内に入れて働き先をお世話しているのを知っているわ。
兄様の側近もその内の1人だし。
2人は苛烈ではあるけど、民を守るためだけに鬼神の剣を振るう。
『グルグル面白い。あのハットリが心を許したウィステリア。守ってやろう、お前もお前が守ろうとするもの全て』
ガアアアアアアア!
空に向かって吠えると、すっと消えていった。
あれ…まさか…い、今思い出したけど「虎徹」ってハットリ爺の刀よね。
珊瑚が気配を消すのをやめて、私に片膝をつく。いやー!!やっぱり?!
「ハットリ派首領襲名、おめでとうございます」
「私は忍の首領になりたいわけじゃないの!爺のおバカー!!また変な二つ名付けられちゃうじゃない!!」
「あははは!ハットリ爺が悪い顔で笑っているのが見えるよ。はははは!」
「食えん爺だ。ぶっくくく」
「忍の首領誕生に立ち合っちゃったわ、イヴァン兄様。あはは…」
「もう!笑ってる場合じゃないんだから!」
「ふふふ、まあまあ。これでヤスケはウィスに逆らえないんだよ?塔にだって堂々と入れる」
「イヴァン兄様は私が説得してみせます!」
そうだけど…釈然としないのよ。爺はそこを読んで…違うわね、絶対に面白がってる!帰ったらまた苦っがい健康茶を飲ますんだから!
決行は今日から1週間後の今日。その間にこっちは片付けておくから安心してねと、カーウィル兄様とダンテ兄様に見送られながら王宮に戻った。
「ダー兄、俺はこれから鬼になる。クサカベの者たちを根絶やしにするつもりだ」
「お前も立派なコーデル家の者になったな。「潰すなら徹底的に」コーデルの男に伝わる裏家訓だ」
「アー兄がずっとその思念を送って来ていたよ」
「ウィスの邪魔はさせない!だろ?」
「うん!」
「よし!力も貰ったし、早速やるぞ!」
「もう手筈は整っているよ。ダンテ最強の拳をお見舞いしてやってね」
「お、おお。相変わらず怖いな、お前」
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