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ジーク殿下の訪問
「手紙なんて貰うような仲だったかしら」
「ご訪問の先ぶれですよ。お支度しましょう、ウィステリア様」
少し打ち解けてきたミリアが、笑いながらドレスを当てがう。今度手合わせでもお願いしようかしら。
コンコン
上品なノック音で、ミリアがドアの方へお迎えに行く。
「ジーク王太子殿下がお見えです」
「ごきげんよう、ジーク王太子殿下。ウィステリア・コーデル・ルネです」
「ジーク・アデルバード・ノアだ。入室しても良いだろうか?」
さっと応接室のソファに座ると、後ろから来ていた従者に花束を私に渡すようにと指示した。大ぶりで淡いピンクと、鮮やかなオレンジ色ののラナンキュラスの豪華な花束。私はこんな華やかではないと思うんだけど…ミリアが受け取って、笑顔で部屋を出る。
「君をイメージして作らせた花束だ。受け取ってもらえるとありがたい」
「光栄です。ありがとうございます」
イヴァン様を入室させて、パタンとドアを閉めた。今部屋にいるのは私と殿下、イヴァン様と忍の珊瑚…それに熟練っぽい殿下の忍が1人。じっと私の顔を見ていた殿下が口を開いた。
「城下町は堪能されましたか?」
「はい。素敵なお店がたくさんあって、楽しめました」
「何か足りていない物などはないですか?」
「いえ、十分快適に過ごさせていただいております」
罪人が役人から質問を受けているような心境よ。何かを探っているような物言いに、勤めてにこやかに殿下の質問を躱していく。背中で珊瑚がヒヤヒヤしているのが分かる。
「ところで…」
身を乗り出して不敵な顔を作って見せた。これは…腹黒い者がする表情。少し体に力を入れる。殿下の忍がピクッと反応、いい護衛ね。
「私の忍が見えているね?」
忍姫と言われる私の事は、調べ済みだと言いたいのかしら。素直に答えて良い質問ね。
「はい」
「貴女の師匠ハットリは元気にしてる?」
師匠の事を探りに来たの?これも調べ済みだと言いたいの?
重症を負って実家の庭の端に倒れていたのを、私が見つけた。まだ歩くのもおぼつかない頃に。教えてはくれなかったけど、命を狙われる危険な事情が潜んでいるわよね。誤魔化しておいた方がいいかしら。今は穏やかに植物や動物が好きな好々爺なのよ、邪魔しないで欲しいわ。
「ハットリは元々王宮の忍でね。私の護衛でもあって親しい間柄でもある」
心配だから教えてくれと畳みかけるように言われ、思わず殿下の忍を見る。私の目を見て頷いた。
「植物や動物の世話をしながら、穏やかに過ごしていますよ」
キョトンとしていたけど、すぐにジーク殿下の笑い声が響いた。
「あのじじいが?!あははははは」
本当に親しい仲のようね。師匠の安寧のためにこれ以上は喋らない。
「ああそうだ。体が鈍らなように、訓練所の使用を許可しておいたよ。」
マジで!?退屈だったのよ!
「ぶくく。自由に使うといい。くくく、じゃあまた来る」
殿下は笑いながら退出して行った。笑い上戸なの?師匠を探って何がしたかったのかさっぱりだわ。
「殿下の許可もいただいたし、行きましょうか珊瑚と…お名前は?」
殿下について行かなかった忍に声をかけたけど、何も言わず行ってしまう。何か聞きたかったのかな?
例えば師匠のハットリじいに関してとか。それとも名前を付けられるのが嫌とか?
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