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翌朝早く、長住らは城生城を発った。山脈の後から空が明るくなっていく。風が冷たい。
今日のうちに、婦負郡と新川郡の境界である熊野川沿いの城に入らなくてはならない。そこが富山城奪還の当面の拠点になる。
軍勢が休憩をとっていると、長住に会いたいという男が来た、と報告があった。
「日光坊、と名乗ったのか」
長住が会うと告げると、間もなく前に男が来て跪いた。修験者のようないで立ち、背は特段高くないが、背中から肩にかけて筋肉が盛りあがっている。重荷を背負って山中を駆け巡る、山の民特有の体躯だ。
「日光坊、久しいな」
「長住様、九年の間、お戻りを待っておりました」
その言葉に、長住の胸が熱くなった。
「池田城では世話になった。芦峅寺は無事か」
「さすがの謙信も、雄山神社を焼き討ちはできませんが、向い城を築き、家臣を入れて厳しく監視してきましたので、動くこともできず」
「そうか、お主ら立山衆徒にも苦労をかけた」
「なんの、これから我ら一同、長住様のため、越後勢を追い出すために戦いますぞ」
日光坊が下がった後、笑顔の長住を訝って、佐々長穐が訊ねた。
「あれは、どこの領主の使いですか。怪しき者のように見えましたが」
「領地は持たぬが、神がついている。味方にすれば、あれほど心強き者はおりません」
長住の口調が珍しくきつくなったので、長穐は驚いた。
休憩を終えた兵は、丘陵を道なりに上った。丘の上から見下ろすと、茶色と緑の混じった富山平野に、神通川と常願寺川が蛇行した流れを見せている。田畑と小さな林が点在し、人家はまばらだ。
雲が切れて、急に光が差した。眼下に広がる風景の全てが敵だとしても、一つ一つ平定してみせる。越中を上杉の支配から解放する日まで。それをなすのは、この私しかいない。
静かに高揚しつつ馬を駆る長住の前途には、青空に立てかけられた白い屏風のような、立山連峰が連なっていた。
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