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1 And the rain fell upon the earth……
陰性、と書かれた紙を手渡され、奏人はほっと息を落とした。防護服を身につけた係員の誘導に従って、ものものしいその場所から離れる。アメリカに引き続き、感染症の検査をクリアした。とりあえず、日本国内に入る許可は得られたのだ。
大きな銀色のスーツケースは、華奢な奏人の負担になるように見えるらしく、サンフランシスコ国際空港と同様に、大丈夫ですか? と係員が声をかけてきた。奏人は笑顔ではい、と答えて、ありがとうございますと続けた。
外はどしゃ降りだった。奏人を含む4人の男女は、黙って専用のバスに乗る。叩きつける雨が流れる模様しか映らない窓にがっかりしながら、奏人は空港から15分ほどの場所に位置する、3日間の強制収容所となる大きな建物に運ばれた。まず手指を消毒し、検温した。ホテルの従業員たちは牢獄の看守らしくなく、マスクの奥からいらっしゃいませと声をかけ、囚人たちを丁重に迎え入れる。
「高崎様のお部屋は701号室でございます、不便なことも多いと思いますが、許される範囲で対応いたしますので、ご要望は遠慮なくお申し出ください」
ビニールシートの向こうからこちらを見つめるフロントの女性に、奏人は早速尋ねてみる。
「私が帰国したことをこれから親しい人に伝えようと思っています、その人に差し入れを持って来てもらうことは可能ですか?」
奏人は久しぶりに口にする長い日本語に、やや違和感を覚えた。フロントレディは目に笑いを浮かべた。
「はい、ただ面会はしていただけません……フロントでお預かりして、直近のお食事と一緒に個別にお持ち致しますので、冷蔵のお品は避けていただくようお伝え下さい」
奏人は頷き、彼女に礼を述べた。他の人と一緒にならないようエレベーターホールに誘導され、一人で小さな箱の中に入った。
部屋は7階の端で、物音も気にならなさそうだし、日本のホテルらしく清潔なのも好ましい。少し狭いが、あちらの大学の寮で使えた個人のスペースも、こんなものだった。
マスクを外した奏人は、ショルダーバッグからスマートフォンを取り出し、LINEを立ち上げる。画面をスクロールして、目指す人物の名前とアイコンを、感慨をもって見つめた。胸が熱くなった。……やっと会える。やっと顔を見て話せる、画面越しでなく。
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