第二幕 真実

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 友人の誘導に従い10分ほどぜぇぜぇ言いながら歩き、たどり着いた『じぇん』さんの住居はかつてなら一等地と呼ばれるような場所に建てられた洒落た外観のマンションであった。だが、この著名な建築士が設計したであろう美しい建物も活動する人の姿もまばらになり、見られる機会の激減した現代では裸の王様のような滑稽さと、もの悲しさしかないと思った。  それでも『じぇん』さんほどのアーティストになると、こんなこだわる意味もない様な部分にまでこだわる高い美意識があるのだろうと思い、これからあう「人」に対する期待が胸の中でさらに膨れ上がるのを感じた。 「さて、ここが『じぇん』さんの住んでいるマンションだけど……もちろん約束は覚えているよね?」  友人の問いに俺は首肯すると、言葉の代わりに伸びた襟足(かみ)を右の手でかきあげ首筋にあるコントロールパネルにそえてみせる。  と、その時、鼻孔の奥をしびれるような甘い香りがくすぐり驚き顔をあげる。  すると間近に、ほんの少し角度を変えれば唇すら触れそうなほどの近くに、友人の整った顔があり俺はギクリとして目を見開く。そいつはそんな俺を見てクスクス笑いながら耳元に口を寄せ(ささや)くようにして言う。 「……気にしないで。ちゃんとキミが約束を守ってくれているかチェックするだけだから」  BMIの電源を落とすとき人の目の奥では小さな赤い光が瞬く。それを確認しようと言うだけのことだと理解するが、脳はウィルスに感染したプログラムみたいに出鱈目な思考を頭にまき散らし始める。くだらない想像やふしだらな考え、俺の嫌いな野蛮(アナログ)な、人間としての生々しい部分が堰を切ったように溢れだす。  その妄想を振り払うように俺は小さく頭を振る。 「……どうしたの?まさかBMIを切るのが怖い、とか?」  笑い声を含んだ友人の挑発的な物言いに、俺はなけなしのプライドをかき集め「……ンなわけねーだろう」と否定する。  神経性の粘つく汗がまとわりついた指先をパネルに添えて脳内に停止の命令を下すインパルスを発生させる。その間も吸い込まれそうになる友人の切れ長の瞳がジッと深淵(しんえん)のように俺の目の奥を見つめ続けていたが、それを何とか無視する。  あるいは動揺(エラー)したみたいになった俺の頭ではBMI に上手くアクセスできないのではないかと言う不安が一瞬よぎるが、それは杞憂に終わった。問題なく俺の頭の中でBMIが停止したことを告げる電子音(アラーム)が鳴り響く。俺の目をジッと見つめていた友人の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。 「うん、大丈夫だね」そう言ってスッと俺の元を離れる友人。瞬間、俺の中で形容しがたい感情が揺らめき、萎んでいった。「それでは改めてようこそ『じぇん』さんの城へ」  そう言って友人は芝居がかった仕草で恭しく頭を下げる。(何を言いやがる)ってのが俺の本音だが、確かに、この美しい外観をした建造物は中世の城を思わせ、やつの言う事もあながち間違いでないような気もした。  俺は一歩をそこへ踏み出す。それが終わりの始まりだとも知らずに。
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