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「ふっふっふっ、どうしたの?ずいぶん顔色が悪いけど。少し部屋で休んでいくかい……って、これじゃ、なんだか下半身だけで生きているようなやつが言う安っぽいナンパのセリフみたいだね」と言ってやつは再びクスクス笑う「いや、いや、これは冗談だから安心して。キミとベッドを共にする気はないから。でも、キミの顔色が悪いのはホントさ……どうする、やっぱり帰るかい?」
そう言って差し伸べられた友人の手を俺は夢遊病者のようなあやふやな動きで振り払う。
「……うるせぇ、いいからさっさと『じぇん』さんに会わせろよ」
「そうか……会うんだね。でも、どうしてそんなに意固地になるんだい?『じぇん』は……キミの想像する通りの存在かもしれないのに?」
呆れたようなやつの問いに俺は首を横に振る。なぜかなんて俺自身にだってわかりゃしない。わかりはしないけど、たった一つ間違いないことがある。それは、
「……ンなの、俺が『じぇん』さんのファンだからに決まってるだろう?だから、知りたいんだ。『じぇん』さんが何者かを、俺は知りたい」
「……わかった、もう何も言わない。実はもう扉の鍵は開いているんだ、さぁ、入ろう」
そう言って扉が開かれた。
大丈夫、そう自分に言い聞かせる。
玄関に入る、靴を脱ぎ、ホールに揃えられた来客用のスリッパに足を通す。
これはやつの冗談だ。タチは悪いけど、手が込んでいてなかなか退屈しなかった。
そう思うと少し気持ちが軽くなった。だが、それに反し廊下を進む足は鉛のように重かった。
長い廊下、その突き当りにある階段を上る。すると見えてきた扉を前に友人が言う。
「……ここだよ」
頷く。
喉がからからに乾いていることに気付く。
当然だ、俺は今から憧れの「人」に会うのだ。緊張して喉くらい渇くだろう。
頭の中をいっぱいに満たす、コールタールみたいに黒くドロドロした不快な想像を振り払うように俺は一度頭を振ると扉を開ける。
「失礼します」
足を踏み入れた『じぇん』さんの部屋。そこには俺の背丈ほどもあるような大きな、墓石を思わせる筐体がいくつも置かれていた。
だが、それだけ。
人がいる気配など微塵も感じられない。辺りを見渡してみるが、やはり俺と友人以外に人の姿はなく、部屋には筐体から洩れるモーター音だけが不気味に鳴り響いていた。
その光景に「はっはっはっ……」と俺の口から引き攣った声が漏れる。「そうか、わかったぞ!!『じぇん』と言うのは……お前のことなんだろ?だから最近お前は自分名義の活動をしていなかったんだな。『じぇん』として活動するのが忙しくて。そう言うことだろう?あー、くそ!そうかよ!いや、悔しいけど、たしかにお前には才能あったからなぁ。でも、まさかここまですごいとは思ってもみなかったぞ?って言うか友人の俺にくらい自分が『じぇん』だって話してくれてもいいのにさ……」
俺の言葉にやつは薄っすら微笑むと口を開く。
「才能がある……と言ってくれたことは素直に感謝するよ。ありがとう……だけど、残念ながボクは『じぇん』じゃない。わかるだろう、耳のいいキミなら?ボクの作る曲と『じぇん』が作る曲。たとえるなら狼と犬、あるいは人と猿ほど似て非なるものだって。それは成長なんかじゃ決して埋められない、絶対的な違いだ。だから、ボクは『じぇん』じゃない。ボクは『じぇん』なんかに決してなることは出来ないんだ」
「じゃ、じゃあ、『じぇん』さんはどこに居るんだよ?お前……ここに『じぇん』さんが居るって俺を連れてきてくれたじゃないか?それなのに、それなのに、ここには誰もいないし、何もないじゃないか!!?」
「誰もいない、と言うのはボクとキミ以外はこの部屋に人が居ない、と言う意味だよね?それは正しい。そう、この部屋にはボクとキミ以外人間は誰も居ないよ。だけど、何もないと言うのは間違っているなぁ。だって、この部屋にはあるじゃないか?『じぇん』さんを構成するたくさんのパーツたちがさ!」
そう言ってヤツは翼を広げる鳥のように両手を大きく掲げ部屋にある筐体たちを指し示す。
「ふ、ふざけんな!!ここにあるのはただの機械だ!!それ以外……何もない!それともお前はまさかこの機械が俺を、俺たちを夢中にさせたあの楽曲を作ったとでも言うのか?たかが機械が作った音に俺たちは感動していたとでも!!?」
「そうだよ。その通りだ。キミたちはまさに『たかが機械』の作った音に感動し、興奮し、夢中になっっていたんだ。『じぇんの曲は素晴らしい』、『じぇんの曲には他のやつにはない魂がこもっている』って。滑稽だね。それで、どう?ここにある機械の群れがキミたちの大好きな『じぇん』さんとわかって?驚いた?感動した?」
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