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「そ、そんなわけないだろう?だって、人を感動させること……機械に出来る訳」
「おや、おや、まだ信じられないのかい?仕方ないなぁ。だったら……『じぇん』例の曲を聞かせてくれないか?」
と、やつは筐体に向かって呟くと、どこかにスピーカーが設置してあったのだろう「Yes、マスター」というかなでの無機質な声が聞こえてきた。
すると先ほどまで筐体のモーター音しか響いていなかった部屋に突如としてメロディが流れだす。その音は初めて聞く曲だったけど、まぎれもなく『じぇん』さんの作る音だと俺は思った。
だけど、これは……あまりに暴力的すぎる。
メロディの奔流は激しく、優しく、官能的で、破壊的で、淫らで、高潔で、さまざまな相反する印象を代わる代わる俺に与える。その音に俺はまるで脳を直接手で鷲掴みにされたような不快とも快楽とも言えない、名状しがたい感覚を抱く。
眩暈がする。
恍惚とする。
吐き気がする。
快楽で身悶えする。
そして。
少しずつ俺がコワレテイク……
「……刺激、強すぎたみたいだね。止めてくれ、『じぇん』」
陳腐な表現だけど一瞬のようにも永遠のようにも思える時間の後、やつはそう言った。
するとメロディがピタリと止まる。
「はっ、はっ、はっ……」
音から解放された俺はその場に崩れ落ち四つん這いになると荒い息だけを吐き出す。
「……どうだい、すごいだろ?本気になれば『じぇん』はここまでダイレクトに人の感情をかき乱す音を作ることが出来る。こんなもの……人間じゃ絶対に作れない。もし、作れるとしたら悪魔か……感情のない機械だけだ。そして悪魔なんてこの世に存在しない。となれば答えは一つ」そう言ってやつはクスクスと笑う。「ああ、そう、そう、ちなみにこの音、実はボツにしたものなんだ。理由はわかるよね?素晴らしすぎるから。素晴らしすぎてこの音に人は耐えられないんだ。まぁ、ボクは慣れているから多少は耐えられるけど……それでも長く聞いていると辛くなってくる」
その言葉に俺は答えることすら出来ずただ、ただ俯き涙とよだれを垂れ流す。
「……さて、突然だけどここで少し雑談をしよう……ああ、いいよ、返事はしなくて。もっとも何か言いたくてもまだ言葉を返すことなんて出来ないだろうけどね。でも、聞いていてくれ。むかし、ビートルズとローリングストーンズというバンドがあったのは知っているよね?歴史の授業でも紹介されているくらい有名なバンドだしさ。で、ある人が言ったんだ『ロックミュージックの曲はビートルズとローリングストーンズの時代にすべて出し尽くされた。だから、後進のバンドたちが作る曲は彼らの曲に使われた音の順番を変えているに過ぎない』ってね。いや、さすがにこれは大げさだと僕も思うよ?だけど、結構的を得ている意見でもあるんじゃないかとも思うわけさ。そりゃ雑音なんかを含めたら音の数ってのは無数にあるのだろうけど、人を感動させることが出来る音の数なんてそんなに多くないってのは納得できる話だからね。まぁ、両手の指の数で足りる程少なくはないだろうけど、でも数えられないほど多いわけでもない。だったら……その『感動』させられるフレーズを機械に入力しいくつもの組み合わせを試せば出来るはずだよね?『完璧』な音ってやつが?」
何か言わないと、とは思うものの、鈍化した脳は口を動かすことを拒否したかのようで、まるで言葉が思いつかない。その沈黙をどう受け取ったのかやつはさらに言葉を続ける。
「それが『じぇん』の作る音の正体。人の好む音をネットから貪欲に集めライブラリに保存。そして、その中で最も効果的にドーパミンを発生させる組み合わせを見つけるプログラム。ああ、歌詞に関しても同じだよ。ただメロディより選択の幅が多いから苦戦していたけど。でも、ボクが『じぇん』の管理者になったころには、少なくとも日本語に関してのそれは完成していたね」
「管理者?それじゃ……お前がこのプログラムを作ったわけじゃないのか?」
掠れた声ではあったけどようやく喉から絞り出した俺のその問いにやつは少しだけ目を見開き驚いたような表情を浮かべる。
「すごいね、もう話ができるんだ。執念、と言うやつかな?……うん、そうだよ。ボクは『じぇん』を開発した技術者でもなければ、『じぇん』のフリして曲を書いていた芸術家でもない。ボクはこの『じぇん』を維持するための簡単な管理をしていただけの凡人なんだ。開発したのは別の人。でも、開発した人はもうずいぶん前に亡くなってるから会ったことないんだけどね。それにしても管理者って僕で何代目になるんだろう?実はわからないんだよ、その数が多すぎて。でも、ボクで九代目か十代目だと思うな。なにせ、このプログラムは百年もの昔から人を感動させる音を作り続けてきた化け物なんだから」
その言葉に今度は俺が目を丸くする。
「100……年……?」
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